看護師になることを夢見て、大学に入学した18歳の冬、
私は突然CRPS(RSD)を発病しました。
それは、ちょっとした手術が原因で起きた悲しい出来事でした。
それから、固定ジストニアという原因不明の難病、肺胞低換気、
多嚢胞性卵巣症候群を次々に発病。左手と両足の自由を失いました。
脊髄刺激装置(SCS)とバクロフェンポンプ(ITB)を体に埋め込む手術をして、
長い長い入院生活を送りました。でも、負けてなんかいません。
今は、世にも珍しい車椅子ナースとして病院で働いています。
毎日、命を見つめてたくさんのことを学んでいます。
そんな闘病生活の中、たくさんの言葉のカケラが頭をよぎったのです。
そんな言葉を集めてできたのが詩でした。そして詩集を自費出版したところ、
多くの方から共感をいただきました。
また、私が書いた詩が合唱曲になり、それが楽譜になり音楽之友社から
「混声合唱とピアノのための4つのポエム」として発売されました。

いろんな事に挑戦したい・・・そんなまめの日々の出来事を綴った日記。それがこのブログです。
どうぞ、来られた方はコメントを残してやってください。
たくさんの方とのお話が、私の励みとなって、病気と闘うガソリンになるからです。
以前より、個人に対する誹謗中傷のコメントが多く寄せられていました。 申し訳ありませんが、コメントは認証性にさせていただきます。 誹謗中傷コメントなどは表に出すことなく削除させていただきます。 ネチケットを守ってください。 よろしくお願いします。
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2008年02月05日

ぅぎゃー

もぅ誰か何とかしてくれぃ・・・>Å<

今日は受診日で、呼吸器症状もあるしバクロフェンはもうやめてもらおうって心に決めながら診察室へ・・・

でもさ・・・・

「あなたはずいぶん自分に自信を持っているんですねぇ。」

私が「そういう言い方ってどうなんですか?」

というと・・・

「ちょっと刺激してみただけです。」


そういうことって、冗談でも言っちゃぁだめなんじゃないかなぁ。

医師は、人の性格をどうこう言えるほどえらいのかなぁ・・・。

しかも、薬を体に入れているのは私であって、医師ではないはずなのに・・・。

感情を出してはだめなのかなぁ。

ちょっとショックというか、あきれマシタ。

しかも、ブログを読んでくれている人なら分かってもらえるのかもしれないですが、これまで言う事やることすべて医師に否定されてきたから・・・。

自信なんて持って話せるわけがない。

いつも試行錯誤の中で、それでも医師を信じよう信じようって努力してきた。

裏切られても、傷つけられても・・・。

だけど、頑張るっきゃないかー。

自分の体だもんね。

あきらめたらそこで終わりだから、ねばるぞーー!!



seisyouさんの「病気と共に・・・」さんとリンクさせていただきました。同じ脊髄刺激装置を入れておられるお仲間さんです。よろしくお願いしますね。


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posted by まめ at 15:13| Comment(17) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ぅぎゃー!
患者の要望を聞き入れないとは・・・。
その先生こそ、ずいぶん自信があるんですね。
自分の判断と医師の判断とどちらが正しかったかは、やってみないと分からないだけに、自分で決めたいですよね〜。
そうしておけば、これ以上恨んでしまう人も増えないし、モルモットだとも思わないで済むでしょうし・・・。
だからと言って、ケンカしてもっと話の解る医者を探せばいいやって訳には行かないので辛いところですね。
あくまでも私の経験ですが、一般企業で働いてる人に比べて、医師は、プライドが高くてコミュニケーション能力が不足してる人が多い気がします。
そして、患者は、自分のことで精いっぱいなのに、そんな医師と対等に交渉(?)しなくてはいけないので、会話の途中で感情的にならざるを得ない。
最近は、私よりも若い医者が増えてきたので、若いときよりは交渉上手になりましたが、うら若い乙女には大変でしょうね。
ケンカ別れにならないで自分の要望を聞いてもらうために、親御さんに交渉をお願いしてみるのも1つの方法だと思います。
Posted by さざまる at 2008年02月05日 17:13
医者が医者たる理由というのは、「患者の苦痛を和らげる」からですよね。肉体から、精神面からそれぞれアプローチをかけて、患者と上手にコミュニケーションをとりながら一方通行のサービスとならないように気使いするべきではないでしょうかね。
いろんな方たちがいろんな場所で医者に対する不満や不信感を挙げています。こういう状況を本人たちはどう感じているんでしょう?
「先生」と呼ばれることに優越感を覚え、椅子にふんぞり返っているだけでは患者の気持ちってわからないはずなんですけどね。
なかなかねえ、「この人は!」っていう素敵なセンセーに巡り合う確立って低いですわ。。。
よーく考えてほしいですよね。
Posted by よっちゃん at 2008年02月05日 17:29
やすもいつも思います。。DBSの設定で、、
医師にいつも言いたいです。。苦しいのは、いやだって、、胸の上にマウスを置かれた瞬間から、、痛いのはいやだって、、身体があぶらあせをかいて、
我慢の限界ってあるのですよね。
Posted by やす at 2008年02月05日 18:41
そのDrの言葉はないよね。。

がんばってるまめに言うのは、おこがましいけどお互いがんばんべ。

まめのやりたいこと、はるべぇはずっと応援してる。
メールもサンキューでした。
Posted by はるべぇ at 2008年02月05日 20:37
こんばんは。

ドクハラの一種かもしれませんが、まめさんの希望を主張してみてはいかがでしょうか?

私は、いろいろと頑張ってらっしゃるまめさんを応援しています。ただ、たくさんの治療を受けられていて、薬が持つ、その副作用が、まめさんは大丈夫だろうか・・・ということをいつも感じてきました。

不可逆的なものではなく、可逆的な治療法でしたら、一度止めてみるということも、一つの選択だと思いますよ。
Posted by TOM at 2008年02月05日 23:31
まめさん、いくら医師や他人に、こっちの立場や気持ちを分かれといっても無理です。医師なんかは、所詮は順風満帆のようなものだし、皆は多かれ少なかれ自由がききます。我々は、一度は人生に対して手も足も出ないところまで落ちてどん底を味わっている。そこから這い上がろうともがいて来ているんです。他人が気がつかない事にも気がついていると思うのです。人間は自分が苦しむ番にならないと本当の事には、なかなか気がつかないんです。自分達も含めて、それだけ皆、愚かだともいえるわけです。でもこういう思いをしてもなお腐らないからこそ他人には無い程まめさんの価値も魅力も増しているんです。だから復活しなきゃいけないんです。
Posted by 綱 at 2008年02月05日 23:52
まめさん、おはようございます。
私も今の病院に来るまでは、医師というものを信じていませんでした。
ほんとモルモットのように、ただ私を薬漬けにしただけでした。
薬漬けの私を助けてくれたのが、今の先生でしたが入院当初は、信用出来るって気持ちはなかったけど、話し合いを持った時に気持ちをぶちまけると、「僕を信用してよ」「大病院のやり方は分かってるから、貴女の気持ちも分かります」って言われた時に、もう一度 医師というものを信じてみようと思いました。
医師に対して変な遠慮はいらないと思う。治療してくれなかったら、どうしょうってよく思ってたけど…
気持ちをぶつけて、それに答えてくれる それが医師なんじゃないかと私は思っています。
治したい気持ちと前を向くという事。
それを維持する強い気持ち!
一人じゃないよ!
支えてくれる人が必ずいます。
頑張りましょうね〜
Posted by ヤンママ at 2008年02月06日 08:20
さざまるさんへ
ありがとうございます。
その医師の主張は、患者の言う事いちいち聞いていられない、患者の言うことに振り回されていると医療ができない・・・そうでして。
医療の主役はいったい誰なんだろうと疑問に感じました。

だからといって、ここてキレてしまったらせっかく地元で治療が受けられるようになったのを自分からつぶすわけにはいきませんしね。それに挑発に乗るのは子どものすることですもんね。

よくよくむこうの言い分を聞いていると、結局は患者を思っているというものではなくて、ただ小難しい理論を立て並べつけているように感じます。だから、コミュニケーションをとろうと頑張っても、言う気がうせてしまいます。

医学部というのは、とにかく実験・研究・診察・・・。コミュニケーションの実習なんてほとんどないでしょう。大学入試も、人間性よりいかに勉強ができるか。プライドも高くなっちゃいますよね。

先生からしてみれば、こんなひよっこの若造を負かすくらいちょろいんだと思います。だけど私だって生ぬるい闘病生活してきたわけじゃないから、自分というものをしっかりもってやっていきたいです。次回の診察では、両親に一緒に行ってもらいます!
さざまるさん本当にありがとうございますね。


Posted by まめ at 2008年02月06日 13:32
よっちゃんさんへ
ありがとうございます。医者たる由縁・・・本当にそのとおりだと思います。医者を志そうと決めたそのときの思いって、忘れられてゆくものなのでしょうかね。

きっと先生たちからしてみれば、研究をすることで将来何万人もの患者を救うことができる・・・。それもすごく大切なことですよね。だけど、じゃあ目の前の一人は切り捨てられてもいいのかなぁと感じます。医師にとって私たちは、何人もいる患者のなかの一人にすぎないでしょう。きっと自分が何を言ったのかも覚えてはいないでしょう。

だけど、患者にとって医師はその人だけでとにかくお願いしますと頭を下げなくてはならない。何を思って患者と接しているんだろうかと、正直悲しくなります。

これまで色んな医師と出会ってきたけれど、ことごとく私は玉砕してきたなぁと思います。やっと今の主治医(麻酔科)が信じてくれていると思っていますが・・・ですが、地に根を張ったぶっとい木のようなしっかりとした医師不振の私(笑)だから医師のことをきっとずっとこころから信頼はできんのだろうなぁと改めて実感しました。

医者はたくさんいるけれど、この病気にきちんと理解のある、そしてこころから患者のために頑張ろうとしてくれる医者って・・・少ないですね。
Posted by まめ at 2008年02月06日 13:48
やすさんへ
分かります・・・。私もおなかにマウスを乗せられ、しかも設定は言わないっていわれた時、なんともいえない気持ちですね。

先生、よくなるためにやってるんだよね?って聞きたくなります。大丈夫大丈夫と言われると、何が大丈夫なん?って・・・。

医師は結局自分の体ではないから、分からないわけですよね。だから私たちがこうなんです、あーなんですって訴えるしかできないんですよね。患者の言葉に敏感であってほしいですよね。
Posted by まめ at 2008年02月06日 13:56
私も今の先生にたどり着くまでに悔しい思いもしましたし、色々ありましたが、専門医は、特に良くも悪くも、自分の専門内で自信を持って、判断を付けようとするように感じます。
私は、仕方のないことと受け入れれてますが、そうはいかないこともありますよね。
もちろん、専門分野に精通することは、良い点が多いけど、盲点を引き起こすこととも隣り合わせのことだなぁって思います。
医師には、プライドがあるでしょうが、患者との歩み寄りが出来る医師に出会いたいものですね。
自分の意見に背かれたら、やっぱり、医師も人間だから、良い思いはしないでしょうけど、はなから、患者の考えが間違ってると、決め付けるのは、悲しいなと思います。

Posted by こびと at 2008年02月06日 14:03
はるべぇさんへ
ありがとう。また医者にがっかりさせられちったよ。なんでだろーね。

理解してほしいって思うことは、いけないことなのかなぁ。今まで散々否定され続けてきて、ここにきて性格までいやみ言われて、それでも医者の機嫌とれるほど私お人よしじゃないよ・・・。

私の方こそメールありがとね。励まされたよ。私もはるべぇのこと応援してるからさ。
一人で不安だと思うけど、直接は会えないけど一緒にがんばろ。
Posted by まめ at 2008年02月06日 16:05
TOMさんへ
ありがとうございます。
あったかい文章で、すごく嬉しかったです。
家に帰って話したら、我が家でもドクハラだよねーっていう話題になりました。
本当にこの先生はいったい何を考えているのか分からなくなりましたよ。私が「やめたい、減量したい。」といくら訴えても、「それは感情論だ。意味がない。」の一点張り。
何のための医療なのか、誰のための医療なのか・・・。もし患者のためであるのなら、私が納得できるように、一度減量してみたり否定的な態度をとらないはずですよね。

ここでカッとなったら私の負けだなぁと思ったのですが、よくよく考えてみたら、勝ち負けていうレベルの話し合いじゃないわけですよね。
患者をからかうような行為って許されるものじゃないと思うのですが・・・。

歩くっていう漢字って、少し止まるって書きますよね。少し止まるっていうことができるような医師とめぐりあいたいです。

デモめげずに頑張りたいです。TOMさん、ありがとうございます。
Posted by まめ at 2008年02月06日 16:21
綱さんへ
綱さん、ありがとうございます。
確かに、医師にいくら辛い・苦しいと訴えても、それを体感することはできませんよね。また、医療者―患者間の立場というのは、いくら対等といえども、患者がどうしても弱くなってしまいます。
「自分の治療方針に納得できないのなら他へいけ」や、「本当は診たくない」などの心理が見え隠れする場面にも幾度となく出会ってきました。悲しいことです。

本当、人生のどん底をイヤというくらい見てきて、そこからみんな這い上がろうと必死に頑張っていますよね。そんなパートナーの一人が医者であってほしいし、そういう気持ちの分かる医者っていうのはなかなかいないものです。相手は人形じゃない、生身の人間だっていうことを忘れないでいてほしいですね。私もこんな状態になって初めてその大変さとか、苦しさとかが分かりました。だから、そのすべてを分かれっていうのは難しいでしょう。
だけど、そのほんのわずかでもいい、患者が苦しんでいる現状をちゃんと目で見て考えてほしいものですね。
Posted by まめ at 2008年02月06日 16:33
ヤンママさんへ
ヤンママさんも、辛い思いをたくさんして苦しいこともたくさんして、それでやっといい先生にめぐり合われたんですね。
「僕を信用してよ。」なかなか言えることじゃありません。すごいですね。でも、本当に信頼できる先生に出会われたんですね。

思いをぶちまけるっていうことは、かなり難しいことだと思います。どうしても、思いをぶちまけるっていうことはいい内容のお話ばかりじゃないでしょう。相手への不満や、医療への不信などもあると思います。そういったことって、言っちゃいけないのが暗黙のルールだったり、禁忌だったり・・・。
言うことによって関係が崩れるかもしれない、機嫌をそこねるかもしれない、もしかしたら治療してもらえなくなるかもしれない・・・。そんな不安があります。

だけど、そういうことに対してオープンで聞いてくれる医師っていうのは、それは本当にすごいことだと思います。それこそ、患者のためにっと思ってくださっておられるのかもしれませんね。

ヤンママさん、ありがとうございます。一人じゃないっていうことが、本当に心強いです。私も前向きに検討してみようかな。
Posted by まめ at 2008年02月06日 16:43
こびとさんへ
そうですね、確かに専門医と名乗るからには、その分野に自信をもたざるを得ないかもしれませんね。そうでないと、こちら側も不安になりますもんね。

ただ、やっぱり自信を持ちすぎるあまりに患者は黙って従いなさいとか、何にも分からないくせにとか、そういう風に思われてしまうと悲しいですよね。患者は自分の体ですもん、必死で勉強もするしいろんなことも考えます。医師の知識には及ばないけれど、私たちは自分で体感することは伝えれますよね。そんな患者の声に対してまっすぐ向き合ってほしいと思います。

本当、歩み寄りって大切だなぁと思います。私は先生の言われるとおりある程度までは我慢してきたつもりなんだけどなぁ・・・。それは医師には伝わらなかったというのが悲しいです。次に行くときは、もう少し私の意見も聞いてくれませんか?とたずねてみたいと思います。私も意固地になりすぎているかもしれませんが、医師も同じだと思います。ただ言えることは、これは私の体なんですよっていうことですかねー。結局はすべて自分で背負わないといけないから、だから慎重になりたいです。
こびとさん、ありがとうございますね。
Posted by まめ at 2008年02月06日 16:54
いままでのところ
しっかり読みました
わかります
医師が信じれないの…
そんなことを
いうんですね

やっぱりショックです
Posted by ゆか at 2009年05月24日 06:01
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