看護師になることを夢見て、大学に入学した18歳の冬、
私は突然CRPS(RSD)を発病しました。
それは、ちょっとした手術が原因で起きた悲しい出来事でした。
それから、固定ジストニアという原因不明の難病、肺胞低換気、
多嚢胞性卵巣症候群を次々に発病。左手と両足の自由を失いました。
脊髄刺激装置(SCS)とバクロフェンポンプ(ITB)を体に埋め込む手術をして、
長い長い入院生活を送りました。でも、負けてなんかいません。
今は、世にも珍しい車椅子ナースとして病院で働いています。
毎日、命を見つめてたくさんのことを学んでいます。
そんな闘病生活の中、たくさんの言葉のカケラが頭をよぎったのです。
そんな言葉を集めてできたのが詩でした。そして詩集を自費出版したところ、
多くの方から共感をいただきました。
また、私が書いた詩が合唱曲になり、それが楽譜になり音楽之友社から
「混声合唱とピアノのための4つのポエム」として発売されました。

いろんな事に挑戦したい・・・そんなまめの日々の出来事を綴った日記。それがこのブログです。
どうぞ、来られた方はコメントを残してやってください。
たくさんの方とのお話が、私の励みとなって、病気と闘うガソリンになるからです。
以前より、個人に対する誹謗中傷のコメントが多く寄せられていました。 申し訳ありませんが、コメントは認証性にさせていただきます。 誹謗中傷コメントなどは表に出すことなく削除させていただきます。 ネチケットを守ってください。 よろしくお願いします。
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2008年02月03日

初期症状?

ここのところ、寝れなかったり痛みが強かったりと結構踏んだりけったり・・・。

朝起きると、おててが真っ青・・・というか紫?

浮腫こそでないけれど、なんとなぁく再燃傾向なんかなぁ・・・そもそも寛解してないし・・・なぁんて色々と考えたりもしてます。

私の場合、初期はものすごぉぉぉく浮腫って色がありえないくらいの七変化でした。

「おまえ、ドラえもんのてじゃぁん!」なんてよく言われたもので・・・

2期3期となるにつれて、手先の浮腫はなくなりましたが、肘はガンガン浮腫っていて、針をさしたらプチューってなにかが飛び出しそうな勢いでした。

最近浮腫りぎみ?かなぁとか、色が紫だなぁーなど、初期の症状を思わせることがあり、天変地異を心配しています(笑)

そうそう、新たな可能性をかけてちょっと神経の人工チューブで有名な奈良に行ってみようかなぁとも思ったりしています。

鹿男あをによしもやってることだしね。

実は以前その先生にメールをしたことはありました。約2年前かな。
その時点でNGだったから、望みは薄いんですけどね。

治りたいなぁ・・・っと夢見つつ。

最後にかけてみようかなっとちょい思ったりしている今日この頃です。


稲田病院HP
http://www.ihss.jp/

人工チューブ
http://kk.kyodo.co.jp/iryo/news/0817tube.html


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posted by まめ at 21:09| Comment(8) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんばんは。

だいぶ辛そうなご様子。とても心配しています。

稲田病院のことは、私もHPなどで存知あげてはいますが、奈良から遠くに住んでいることもあり、くわしいことは、よくわかりません。
でも、可能性があることにチャレンジしてみようというお気持ちに、とても勇気づけられます。

痛みが軽くなり、少しでも楽に眠れること、祈っています。
どうぞ、お大事にされてくださいね。
Posted by TOM at 2008年02月03日 21:41
まめさん

こんばんは。
さっそくコメントしています。
リンクに追加させてもらいました。

で、
ブログに書いてある奈良の有名な病院って稲田病院・・・ですよね。
(違ったらすみません)

僕も行きましたよ。もう02年ぐらい前なぁ〜。ネットで調べまくって、見つけました。

結局、病院は変えませんでしたが、しっかり
と話を聞いてもらえる病院でしたよ。
Posted by seisyou at 2008年02月04日 00:12
まめさん、おはようございます。
奈良の先生は、何故NGだったのですかexclamation&question
立ち入った事を聞いて、ごめんなさい。
Posted by ヤンママ at 2008年02月04日 09:17
ああ〜、そういうのなるなる!ホント突然発病初期の症状がグァ〜ッとぶり返して、粗挽きポークウインナーみたいに指がパンパンに浮腫んでさ、ありえんぐらいの痛みがピャ〜ッと襲ってきてその日は一日ノックダウン・・・・。
もう5年目だから症状も落ち着いてくれても良いような気がするんだけどねえ。ダメだねえ。。。
治る可能性かあ、どうなんだろうね。
医師の間でも意見は分かれているし、いろんな治療を試みている患者さんのなかには、施術後に悪化した人もいるし、「これっきゃない!」っていう方法が見つかればいいんだけど・・・・20年後ぐらいに見つかってるかなあ。
Posted by よっちゃん at 2008年02月04日 11:37
TOMさんへ
優しいお言葉、ありがとうございます。
寒さも加わってのことなのかなぁと思ったり、はたまたなにかまた症状が出るのかなぁとも思ってみたり。
この病気って、予測がつかないし調子がよいからといってそれが続くとも限りませんしね。油断ができませんよね。

稲田病院ですが、気になってはいたものの、なかなか行動に出られませんでした。2年前にメールのときは、私の状態もそうでしたが、環境も整わずだめでした。今はここまできたらわらをもすがるって感じなんですよね。
Posted by まめ at 2008年02月04日 12:13
seisyouさんへ
ありがとうございます!私の方もリンクに加えさせていただきました。

seisyouさんも稲田病院行かれたんですね。私はメールだけしたことがあります。いい先生といううわさはちらほら耳にしますねー。私の父がすごく勧めているんで、今更ながらお話聞きにいってみようかなっと思案中です。
ただ、なんか1期までの人が対象だとか、脊髄をいじっている人はだめだっとか色々聞くんで、ちょっと不安です。
Posted by まめ at 2008年02月04日 12:19
ヤンママさんへ
いえいえ、全然いいですよ。

私は当時、左上肢が全廃で肘も100°で固まっていました。まず90°で保つことができるだろうか、指の拘縮などで微妙なラインだったそうです。

さらに、手術後というのは麻酔科医・整形外科医・リハビリテーションなどの多くの連携によって何年もかかってじっくりと付き合っていかなければならず、その環境がありますか?っと言われました。
正直、ありませんでした。整形外科医はようするに原因を作った医師でしたし、麻酔科はこの病気は精神的だという考えが根強く、リハビリは整形の傘下でしたので、連携も何もありませんでした。

こういった理由で、なかなか厳しかったのかもしれません。今じゃ両下肢もだめだから、望みは薄いでしょう・・・。どうしようかなぁ。
Posted by まめ at 2008年02月04日 12:26
よっちゃんさんへ
粗挽きかぁ(笑)ナイス表現だなぁって笑っちゃいました。

でも、本当不思議ですよねー。都市伝説なみ。ある程度年数たってくると、症状っていうのも少しずつ落ち着いていくっていうか、変化がなくなるもんですよね。けどなぁ・・・。これが進行するという由縁なんでしょうか。
治る可能性が、どこかに少しでもあるんならかけてみたいような・・・だけど怖いような・・・。

まだあきらめきれないことがあるから、だったら自分の体もあきらめきれんなぁっと思ったりもして。
再生医療が私に対してどこまで可能性があるかわかりません。というか、正直無理だろうなぁっとは思っています。でも、今やっている治療が第3者から見てどうなのかっていう意見も聞いてみたくもなりました。

画期的な治療法かぁ。20年後だとおばさんになっちゃうよ〜(涙)それまでに私は自立せんといけませんねー。
Posted by まめ at 2008年02月04日 12:36
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