看護師になることを夢見て、大学に入学した18歳の冬、
私は突然CRPS(RSD)を発病しました。
それは、ちょっとした手術が原因で起きた悲しい出来事でした。
それから、固定ジストニアという原因不明の難病、肺胞低換気、
多嚢胞性卵巣症候群を次々に発病。左手と両足の自由を失いました。
脊髄刺激装置(SCS)とバクロフェンポンプ(ITB)を体に埋め込む手術をして、
長い長い入院生活を送りました。でも、負けてなんかいません。
今は、世にも珍しい車椅子ナースとして病院で働いています。
毎日、命を見つめてたくさんのことを学んでいます。
そんな闘病生活の中、たくさんの言葉のカケラが頭をよぎったのです。
そんな言葉を集めてできたのが詩でした。そして詩集を自費出版したところ、
多くの方から共感をいただきました。
また、私が書いた詩が合唱曲になり、それが楽譜になり音楽之友社から
「混声合唱とピアノのための4つのポエム」として発売されました。

いろんな事に挑戦したい・・・そんなまめの日々の出来事を綴った日記。それがこのブログです。
どうぞ、来られた方はコメントを残してやってください。
たくさんの方とのお話が、私の励みとなって、病気と闘うガソリンになるからです。
以前より、個人に対する誹謗中傷のコメントが多く寄せられていました。 申し訳ありませんが、コメントは認証性にさせていただきます。 誹謗中傷コメントなどは表に出すことなく削除させていただきます。 ネチケットを守ってください。 よろしくお願いします。
にほんブログ村 病気ブログ 看護・ナースへ にほんブログ村 病気ブログへ にほんブログ村 病気ブログ 脳・神経・脊髄の病気へ ブログランキング

2010年09月29日

一周忌

 先日、私が所用で東京に行ったときのことです。夜、時間ができたので東京に在住している娘(長女)と池袋の居酒屋で久しぶりに飲んでいました。二人とも日本酒が好きで吟醸酒を注文したところボヘミアン風のペアグラスが出てきました。出てきた瞬間、二人は顔を見合わせ「あっ!」と叫んでしまいました。実はこのグラス、私が毎日まめの仏壇にお酒をお供えするグラスとまったく同じものだったのです。世の中、何千、何万種類のあるグラスの中から、今日この東京で、何故このグラス?
 ひょっとして、「私もここでお姉ちゃんやお父さんといっしょに飲みたーい!」というまめの気持ちが現れたのでしょうか。また、何かメッセージを伝えたかったのでしょうか。ただ単なる偶然なのか。不思議なひと時となりました。

 昨年の9月29日から一年が経ちました。つい数日前のことのように今も鮮明にあの日のことがよみがえってきます。無能な人たちによって8月に最悪の状態にさせられ、その後、43日間という時間はまめの意地や執念あるいは悔しさだったのでしょうか?
 私たち家族にとっては、苦渋に満ちた希望のない日々でした。
 せめて、最後にまめを気持ちよく送ってあげようと思い「4つのポエム」の初演のMD、大好きだった「エレクトーンの松田昌さん」のCDやFNSドキュメンタリー番組「もしも願いが叶うなら」のBGMで使用されたミスターチルドレンの「彩り」などの曲を毎日延々とICUの病室に流し続けて、最後は私たち家族がまめの手を握りながら静かに終焉を迎えました。

 まめがCRPSという病と闘った6年間、係わった医療者にドクターGやスーパードクターは一人として居ませんでした。特に、最初の手術によりCRPSを発病させる原因となった執刀医の大学教授は、この難病を治療しようと立向かうことは全くなく、ひたすら我が身の保身だけを考えることしかしなかったのです。真面目に医学を志す若い人たちにこの教授は、医療の何を教育しようと思っているのだろうか?医療者として人間として最低の生き物でした。いまでも、痛みで苦しんでいるまめと私たち家族を目の前にして、うす笑みを浮かべながら、ただ精神科へ送ることしかしようとせず、明らかに責任を逃れようとする高慢な態度、あの時の言葉のやり取りを思い出すと虚しさや悔しさより背筋がぞっとする思いです。おそらく、この人は、まめが亡くなったことを一番喜んでいる医療者の一人だと思います。本当に情けないことです!!
 まめは、CRPSを発病して亡くなるまで、最新の高度最先端医療と期待して受診した医療が最低最悪の医療となり、エゴやプライドしか持たない医療者たちによって翻弄され続けた6年間でした。CRPSという病気は、それが原因で死に至る病気ではないのに!!

 まめは、短期間でしたが看護師・保健師として一生懸命患者さんのために役に立とうとして、必死に痛みをこらえ笑顔で患者さんと接して病気の苦しみを少しでもやわらげようとようと頑張ってきました。
先日の新盆の時、勤務していた病院の上司の方々といっしょに、まめが当時担当していた「がんサロン」の患者の皆さんたちがおまいりに来て下さいました。皆さんからまめとの思い出話しをお聞きした時、苦しかったがんの治療の中でまめとの会話に大変癒されたと感謝のお言葉をいただきました。まめが以前から勉強していたピア・カウンセリングのまね事が少しだけ実践出来たのではないかと思い、本当に嬉しく思いました。

 いままで、私たち家族はまめに何をしてあげられたのだろうか。供養はできたのだろうか、成仏できたのだろうか。何もできないままのあっという間の一年が過ぎ去り一周忌を迎えました。

 この一年間、主のいなくなったこのブログに私たち家族への励ましや、まめとの思い出話などたくさんのコメントを投稿していただきました皆様方、誠にありがとうございました。

 また、4つのポエムをコンサートで演奏していただいた全国の合唱団の皆様方、本当に感謝申し上げます。

 こんなちっぽけなまめが、これほど多くの皆様方の心の中に思い出として残していただけたことは私たち家族として本当に嬉しく思っています。まめは、本当に幸せ者です。

 まめは私たち家族と共に今も同じ空間で生活していると信じています。いつも、いっしょに食事をしたりお酒を飲んだりと以前のようにみんなで「わいわい」言いながらそばに居てくれてると思っています。

 本当に、本当にありがとうございました。心より感謝申し上げますとともに、皆様方の今後のご健康とお幸せをお祈り致します。

ありがとうございました。

               まめの父
【関連する記事】
posted by まめ at 07:20| Comment(25) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
お父様...ありがとうございました。読んでいて涙が止まりませんでした...ぶっしつけならが去年お母様に電話をさせて頂いた時におっしゃっていました。最後の43日間はまめの御世話が出来て本当に良かったです...と。まめちゃんは『私は家族に甘えられないんだ』と言っていたので最後の43日間はお父様、お母様、お姉様、妹様、の手の感触を感じていたと思います。今でもまめちゃんは御家族様のそばで大好きだった犬ちゃんと遊んだり、皆様と一緒に御飯を食べお話に参加なさっていると思います。私も父を亡くした時に必ず父の御飯をならべ大好きだったウ−ロンハイをつぎ一緒に飲んでいました。側にいてくれる...そう信じて...私は今多くの人にCRPSを知ってもらおうと自分の身体を見せ症状を話しています。まだまだ始めたばかりですが、医療者があまり知識がないので自分で調べたり、又周りの人にも知ってもらおうとしています...まめちゃんの最初の医者には怒りをおぼえます。晩年彼はいい人生をおくれないでしょう...そう思います。
今日は千葉は青空です。外でお線香をたき空に向かって手をあわせました。今日一日はまめちゃんに思いをはせたいと思います。昨日、空色のお線香と素敵なろうそくとお手紙を送らせて頂きました。残念な事に今日に間に合わず明日になってしまうのですが、届きましたら私の変わりにあげて頂きたくお願い申し上げます。ろうそくには素敵な言葉が書かれています。私の大好きな言葉が...まめちゃんに教えてもらった言葉が...私の感謝の気持ちです。宜しくお願い致します。
Posted by mi- at 2010年09月29日 08:55
お父様、更新してくださりありがとうございました。 東京でのエピソード、私もまめちゃんだと思います。 きっと自分も一緒に飲みたいと伝えたかったのではないでしょうか。

43日間のこと、普通では考えられない日数だと聞いて、尚更まめちゃんの執念や意地を感じました。 と同時に、「こんなはずじゃなかった、もっと生きたかった」というまめちゃんの声も一緒に聞こえてくるようで、悔しさや悲しさも重なって、涙が止まりません。

昨年、お父様からお聞きした『医療者を目指して大学に入ったのに、その医療に裏切られ、最後の最後まで医療に翻弄され続けた』という言葉。 本当に重たいお言葉です。 医療に裏切られながらも、自身も医療者としての道を諦めなかったまめちゃん。 本当にすごいと思います。 きっとまめちゃんなら、いい看護師さん、保健師さんだったのだろうと想像していましたが、やはりまめちゃんに救われた人は沢山いらっしゃるのですね。 まめちゃんが今も多くの方に親しまれる理由は、それだけまめちゃんから与えてもらったものが、沢山あるということだと思います。

今日の兵庫は、最高の青空です。 まめちゃんに背中を押してもらうように、去年一緒に食べたパンやスイーツを買いに行きました。 そして、まめちゃんと一緒に食べました。
まめちゃん、どうしていますか。 元気にしていますか。 空から見てくれていますか。 これからも空を見上げてお話します。 見守っていてね。
Posted by けろっこ at 2010年09月29日 15:04
今日の東京地方は久しぶりに青空が広がりました。
まめさん、池袋に飲みに来てたんですね!
この1年間、くじけそうな気持ちになったときなどにこちらを訪れて、まめさんの残された記事やコメント欄を初めから少しずつ読み返しました。
先日、ようやく最後の記事を読み終わったところです。
その最後の記事から43日間にわたって、壮絶な日々が続いていたのですね。
また、「青空のように」のHPの方では、4つのポエムを聴いたり、詩を読み返したりして励ましと癒しを頂いております。
ブログやHPを残しておいて頂き、本当にありがとうございます。
Posted by さざまる at 2010年09月29日 16:39
あの悪夢のような日から1年が経ちましたが、
今でも訃報を聞いた時の、いままで感じたことの無い喪失感、
怒りと無念が混じった、やり場のない気持ちは忘れられません。
2009年の8月にブログの更新が止まってからの日々は
私がどう想像力を働かせても到底理解することのできない
壮絶な日々を過ごされていたのですね。
1年ではまだまだ気持ちの整理などできないと思いますし、
医療に対する不信感も消えるものではないでしょう。
CRPSも未だ難病指定されていないようで、
1日も早い原因究明と治療法の確立を願うばかりです。

お盆のある日、神社でもらったお札が落ちてきました。
縁起悪いなぁ、と一瞬思ったのですが、
もしかすると、会ったことも話したこともない
まめさんが、こちらにも寄ってくれたのかな?と
勝手に解釈しています。

こちら埼玉、晴れです。
Posted by アキラ at 2010年09月29日 18:40
あれから、一年ですね。
今日は、空をよく見上げ、まめちゃんのことを想っていました。

仕事中にお母様から連絡をいただいた時、本当に信じられない気持ちなのに、涙は止まらなくて、涙を堪えて仕事を終えたことを思い出します。

まめちゃんは、本当に沢山の人に愛され、今でも愛され続けていますよね。

どうして、まめちゃんみたいな頑張り屋さんで、いい子がこんなに早く空へ旅立たなければならなかったのだろうか。どうして、この病気にまめちゃんがならなければいけなかったのか。
正直、そんな悔しさを思います。

まめちゃんは本当に多くの人を励まし、今でも沢山の人の心の支えとなっています。

今日も伝えさせてください。
まめちゃん、いつもありがとう。
Posted by ひまわり at 2010年09月29日 20:23
あれから1年が経ったんですね。

1年前の今日、
携帯電話にピカピカと表示される
『祥子ちゃん』の文字は、
待ちに待った『元気になりましたよー。 病院に遊びに来てください』
っていう祥ちゃんからの電話だと、
1ミリの疑いもなく、
喜びました。

想像もしていなかったその電話の事実を、
一年経った今も、
なかなか実感として信じることが出来ていません。

ここ数日ね、東京はずっと雨だったよ。
明日も雨だって。
だけどね、今日は青空が広がったんだよ。
埼玉も、兵庫もなんですね。

祥ちゃんでしょ〜。

そう言えば、お墓参りしたあの日!
あの時も奇跡が起きたんだよね。

祥ちゃんが会わせてくれたんだよね。

祥ちゃん、
何か私に、出来ることはないのかなぁ。
毎日考えてるんだけど、なかなか分からなくて・・・。

祥ちゃん、祥ちゃん、祥ちゃん・・・

人生ね、やっぱりなかなか思い通りにはならないものだよね。
でもね、諦めたら駄目だよね。
想像もしていない奇跡だって起きる。
祥ちゃんが教えてくれたもんね。
感謝しながら笑顔で生きるよ。

祥ちゃんに出会えた事だって奇跡だし、
一緒に過ごした時間は宝物だもん。

祥ちゃん、ありがとう。


Posted by アオゾラ at 2010年09月29日 22:20
まめちゃんと看護実習班が同じだった者です。
今日は、まめちゃんを想い、楽しかったことや病気でつらかったことなど色々思い出しました。

私はいま東京にいますが、昨日までぐずぐず天気だったのに今日だけ見事な青空でした!

まめちゃんの大好きな青空☆
まめちゃんが笑っているような気がしました。
Posted by yutaka at 2010年09月29日 22:21
あれからもう 1年なのですね。悲しみは時間が解決してくれるものではないことを、改めて実感しています。      祥子さん、きのうは中々寝つけずに、深夜まで空にむかって歌っていたんだよ。“もしも願いがかなうならあの陽だまりの場所へ”って。僕にはそれしかできないからね。少しは届いてくれたのかな。今日は宮城でも祥子さんの大好きな青空だったよ。見上げればそこにある空を通じて、みんなが繋がっている。みんなを見守っていてね。また会えるその日まで。             お父様へ       不思議と書き込みをする日はいつも青空なんです。きっと祥子さんの仕業ですね。池袋での出来事も、きっとそうです。私はここにいるよって。僕は祥子さんと出会えたことに感謝しています。そして、お父様がブログを通じて言葉を残して下さることに感謝しています。ありがとうございます。
Posted by シン at 2010年09月29日 22:29
まめさんのお父様
更新ありがとうございました。

忘れもしない9月29日、お父様による更新があるのではと、久々にネットをしました。

1年も経ったなんて、まめさんと直接交流できないなんて、今でも実感が湧かないのですが、ペアグラスのエピソードを見て、まめさんの存在を感じることができ、嬉しかったです。

43日間は、まめさんの根性による奇跡的な43日間だったのですね。
「ちっぽけなまめが」…まめさんは、私の中でも、おそらく皆様の中でも、とても大きな存在だと思います。
まめさんと出会ったこと、ずっと忘れません。誇りに思っています。
ありがとう、まめさん。
最近私も、ジストニアに負けず頑張ってます。
Posted by ひまわり(ひま子) at 2010年09月29日 23:17
もう、一周忌ですか…
早く感じます。ちょうど二カ月を超える入院生活が終わり、帰宅していつもの様にブログをチェックしていて、訃報を知りました。
入院の最初は、まめさんもブログを更新されていて大きな励みになりました。その後ブログの更新が止まり、まめさんが重篤な状態であるなど知るよしもありませんでした。そして突然の訃報に驚き恐怖さまざまな感情がわいて来ました。
CRPSの認知度の低さ。若者のCRPSは劇的な変化をみせる。怖いです…
私は、現在治療を主におこなっている病院も
主治医が治療の方針を打ち出すものの、上の許可が下りず出来ません。そしてついに転院の話になり、治療の拠点となる病院が無くなってしまいました。主治医は病院内の転院先を紹介する部署に探して貰おうとしましたが
一蹴され自分で探す事になりました。そしてどの病院も、ありのままの状態を伝えると帰って来るのは、うちでは難しい…、紹介状がないと…と断られ続けられてますが、かかりつけの医師の紹介で県外ですが、治療できる病院を紹介してくださいました。

今の医療機関は冷たすぎます。
上に居る人は患者を診ないのでしょう。平気で考えられない事をします。そして驚愕の域に達した保身・保守に徹した人、システムそんなに怖いのかと、自分が正しいと思う事をなぜ自身を持ってしないのかと…
哀しいです。最初は皆、人を救いたいと医学の道に入ったと思います。それがいつからか金稼ぎ、身分、地位の保守に走って行くのかと…

今朝は、仏壇に線香を4本あげました。
2本は私の先祖、もう2本はまめさんに…。
線香をあげて顔を上げると涙がこぼれました。
若くして、命を落としたまめさんの分までCRPSと闘いながら生きる事。まめさんの心は詩にやどっていると思います。私は辛い時何度も詩を読み返してます。今日の涙、社会
特にこの二つは…
ながながと失礼いたしました。
Posted by パオ at 2010年09月30日 19:53
こんばんは。

あやっぺです。

私のほうも、9月24日から体調を崩し、26日から29日まで某大学病院の救命センターのICUでお世話になっていました。

原因はCRPSが直接ではなく、
どうやら、CRPSが悪化しつつあった時に、転倒した時の、脳震盪の後遺症のようです。

ICUで、管につながれて、目覚めた時には、26時間が経過していました。喉には、バッチリ挿管されていて、一日以上、自発呼吸が無かったとのことでした。ドクターヘリで搬送されたことも後から知ってびっくりでした。

うちの両親は、肝が据わっていて、いつまで延命するか真剣に考えてたと・・。あっさりしていてくれて、助かります。

私のように、しぶとく帰ってきたものもいれば、となりの女子高生は、自傷で入院していました。なんだか、人生いろいろだなぁと思いました。

同じ主治医だったので、主治医のはからいか、隣のベッドになったのかもしれません。

女子高生は、私のことをお母さんみたいだ。といって泣いていました。

女子高生のお母さんは、なんだか神経質そうな人に見えました。

駆けつけて一言、(お互いICUを抜けたあと)「あんたは、なんで馬鹿なことするの。なんで迷惑かけるの」って怒鳴って、骨折していないからだの部位を叩いていました。

私は福祉職だったから、怒ると、八つ当たりするということの違いを叩き込まれたので、この女子高生のお母さんも何かあるんだろうなぁと感じました。

母親が面会に来た後に、精神不穏になる女子高生でした。
私も、転院が決まっていたので、時間的余裕がなく、的確な対応をしなきゃと思っていたら、まめちゃんが夢枕に出てきてくれました。

あやっぺ、まめの詩を少し伝えてよ、あやっぺのワーカー魂もいれてさ。って。

なので、私は、ほとんど初対面の女子高生に「あのぉ、余計なお世話だったらすみません。聞かないでいただいて構いません。

私は子供はいないんですが、児童福祉の仕事とかで、子供が好きなんだなぁと気づきました。

もし私が、母親の立場だったら、叱った後に、腰の骨を骨折しても、足の障害も出ず、
手術も不要で、コルセットの生活で対応できて、生きていてくれてありがとう

って言いたいです。

ってつぶやきました。

そうしたら、女子高生は号泣してたけれど、それまで拒んでいたメンタルケアを受けることにしてました。


CRPS患者の私としては、最近、呼吸器系の病気も併発して、人のことをかまっている余裕もないのですが、なんだか、助けなきゃ、この子死んじゃうって思いました。

翌日には、「私、考えすぎてたのかな」って。悩みは人に話せないうちが一番辛いのかなって思いました。

このヒントは、まめちゃんがおしえてくれたことです。まめちゃんの思いが私を介して、若い命を少し、楽にしてあげたのかもしれません。 9月29日に、というところが、まめちゃんと関係がある気がします。

まめちゃん、私は、先月、二回、本当に死に掛けてそっちに呼ばれたけれど、夢の中で、父方と母方の祖父母が、話を聞いてくれて、こっちに帰れと言われました。

まめちゃんは
そっちの世界で悠々と、今まで頑張った分、ノホホンとしていてくださいね。

Posted by あやっぺ at 2010年10月01日 01:55
ちょっとバタバタしてここに来るのが遅くなっちゃった。 
まめちゃん許してね。 
29日は、前日までの雨が晴れて青空が見え、あたしも大きく空を仰ぎました。 さすがまめちゃんだねって! やっぱり日本全国を駆け巡っていたんだね。 まめちゃんらしいや。 
あの信じがたい報告から一年がたってしまいました。 今でもまめちゃんのブログに来ると、涙が浮かんできます。だけど寄らずにはいられない場所。まめちゃんが生きて居た証だからこそ 消えてほしくないと思っています。 そんなことを言ってはお父様にも失礼ですよね。 でも ここに言葉を記すことで 私たちCRPS患者を含めた仲間たちに見えなかったまめちゃんの頑張った横顔を垣間見せてもらえたら って思います。
まめちゃんの無念を晴らすべく、CRPSを知ってもらうべく、あたしに何ができるのかを問いながら、対処療法を続けています。 
松江の青い空を思い浮かべて まめちゃんのあの愛くるしい顔を思い浮かべて 生きていかなくちゃ! そう思ってます。

また来ます。 まめちゃんに会いに!
もちろん青空のもと 良く見かけるんですけどね。
Posted by camomi at 2010年10月02日 00:53
まめさんのお父様
初めてコメントさせて頂きます。

初めに・・・
まめさんのご冥福心よりお祈りさせて頂きます。

もっと早くにまめさんのブログとそしてまめさんにお会い出来ればと感じました。

私もまめさんと同じ尺骨神経移行の手術を、4年前に受けそしてその術後、CRPSと宣告され障害者となり、何度も治療を受けながら現在を過ごしております。

私場合は、右手でした・・・
薬指と小指の痛みや、痺れから手術を受けて簡単に元に戻るものだと思って受けた手術でした。
まさか障害が残り右肘が全廃するとは考えもしなかった事です。
まめさんと同じような症状から色々な治療を
私の場合は関東の病院にて治療を受けました。
痛みや、苦しみや、色々な思いが今まで私自身が感じてきた気持ち、ブログを読みながら
その時の思いが蘇りました。

私の場合まめさんの痛みに比べれば・・・
耐えることの出来る状態かもしれません。

そしてまめさんより長く生きていられること

お亡くなりになった今・・・天国で・・・
痛みから解放され、何より左手も足も自由に動かせる事が出来ているのかと・・・

でも・・・やっぱり悔しいですね・・・
もっと生きてほしかったです。

私も痛みが復活したようです。
また・・・治療が始まります。
そんな中・・・まめさんのブログに出会い、
巡り合わせのようなものを感じました。
まめさんの事が、テレビで放送されたのが、
私の誕生日でした。

写真で拝見したまめさん・・・
可愛いお嬢様ですね

本当にお会いしたかったです。

まめさんが思われていた CRPSの人って
どれぐらいるのかな・・・
どうして私がこの病気になったのかな・・・

気持ち、分かり合える人とお話がしたかったです。

長々と勝手な思いばかり申し訳ありません。

まめさんのお父様、ご家族の皆様
大切な方を亡くされて、1年経った今も、
お気持ちお察し致します。

無理なく少しづつ・・・元気を取り戻して下さいませ

私も、治療また頑張ります。

まめさん・・・ブログ・・・元気いっぱい
もらえました。
ありがとうございました!!






Posted by eko at 2010年10月10日 21:39
最近また祥ちゃんが夢の中に出てきます。
ごめんね。まだ看護師として祥ちゃんに何も返してあげられてないからかな?
看護師として頼りないからかなぁ(苦笑)?だから、一緒に考えてもらえない??
うちの病棟には難病の患者さんはいないけど、がん性疼痛で困ってる患者さんはいっぱいいらっしゃるんだ。
祥ちゃんに前に話したけど、在宅での生活をサポートできる看護を提供していきたいんだよね。
もっと、CRPSの患者さんにも優しい看護師に必ずなるから待ってて!!
Posted by ぴな at 2010年11月05日 23:57
僕は、まめさんが亡くなった事を、今、このブログを見て知りました。
とても涙が出ました。
まめさんとは、ネット上のやりとり、同じCRPS仲間ということから掲示板に相互リンクのお願いメッセージをいただいたことから始まりました。たびたび掲示板に簡単な挨拶などコメントをしていただいたり、ブログをはじめたいのだけど、どのブログがいい?などの質問を受けたことを覚えています。僕もこのブログにきて、日記にコメントをしていました。
最近は自分のサイトの更新もおろそかになり、このブログに訪れることも少なくなっていたのですが、久しぶりに訪れてみてとてもびっくりしました。

なんというか、まめさんとは会ったことはないのだけれど、行動力がある。という印象、ブログの記事も頻繁に更新されて、がんばっているなと思いました。
ブログの記事の中に、看護師の免許を取るためにがんばっているという報告、友達に迷惑をかけているのではないと悩んでいるというような記事、僕は、大丈夫がんばってというようなコメントをしたと思いますが・・・

まめさん、24歳という短い人生になってしまったけれど、僕は、痛みに耐えながら看護師免許を取ったり、患者さんのためにいろいろ考えたりと、普通ではなかなかできない立派な生き様だったと思います。
僕もまめさんを見習って、前向きに生きて行ければと思います。
Posted by 5号 at 2010年12月11日 04:40
今日、久しぶりにこのHPにやってきました。
一昨年の5月にプラバホールで初演され、一緒にステージで歌わせていただいた「こころ」の楽譜が「教育音楽 中高版」の2月号に掲載されるということを作曲家の尾形先生のHPで知ったことがキッカケです。
この曲の作詞も「まめ」さんでしたね。
この素敵な曲を全国の中高生が歌ってくれることを心から願います。
Posted by Toshikun at 2011年01月21日 11:20
はじめて、ここに来させていただきました。
私もCRPSです。
発症したのは、看護大学の時でした。その頃はRSDだったんだと思います。痛みとつきあいながらも就職し、その後、麻痺がでてきてその手術でカウザルギーになりました。
本当に、痛みの治療はフルコースで受けてきましたが、治るということはなく、一緒にうまくつきあいながら生きていくしかないんですよね、今のところは、、、
みんなに不思議がられますが、カウザルギーの直接的な原因となった手術をした医師を含め、恨みはありません。でも、あまりに痛い時は、「私の青春は、痛みで終わってしまった、、、」と、思う事もありますが、、、

なんだか、共通点が多く感じたので、つい、コメントさせていただきました。失礼いたしました。
Posted by う〜ちゃん at 2011年03月11日 03:54
祥ちゃん。

祥ちゃんの26回目のお誕生日を間近に控えた3月11日、
日本は、戦後最大の大震災に見舞われました。

想像を絶する大変な事になっています。

何千何万の人が亡くなっています。

数字を書くと、本当に大変な事が起きたのだと改めて恐ろしくなりますが、
その一人一人に家族がいて、恋人がいて、友達がいて、仲間がいて、、、そして何より、みんなもっともっと生きたかったのに・・・。

2009年9月29日、あの日と一緒です。

人が死ぬのは悲しい。

ましてやそれが、
災害や人災だと尚更です。

祥ちゃん。

祥ちゃん。

どうかこれ以上、理不尽な亡くなり方をする人が、いなくなりますように。

そして、亡くなった人が安らかに眠れるように、その一人一人の家族、恋人、友達、仲間に笑顔が戻るように、そして日本が元気になるように・・・。

私たちも頑張るから、
祥ちゃんも見守っていてください。
パワーを下さい。

澄み切った青空が、
きっと祥ちゃんに繋がっていると信じています。
Posted by アオゾラ at 2011年03月25日 02:58
今日はお誕生日ですね。
祥ちゃんのお父さん、お母さんありがとうございました。
今日は福岡はキレイに晴れてましたよ!
Posted by ぴな at 2011年03月30日 20:38
まめさんのご不幸を知った時、仕事中にも関わらずへたりこんでしまったのを覚えています。まめさんがいろいろとお話をしてくれて、どれだけ気分が安らいだことでしょう。彼女からたくさんのものをもらったのに、十分お返しもできなかったな。ご冥福をお祈りします。
Posted by あゆむ at 2011年05月09日 00:05
最近、テレビで「世界の中心で愛を叫ぶ」のドラマが再放送でやってて、見ながらまめを思い出すよ。小学校の時や病院で話した時を思い出します。また一緒に話したいね。向こうの世界で元気にしてるのかな?僕も医療従事者として働いてるけど、ちゃんと出来るように見守って下さいね。
Posted by たいぞー at 2011年05月24日 22:42
お父様、生前のまめさんを知らないのに2度目の書き込みをお許し下さい。
3月の時は、CRPSと看護大学での発症という共通点を見つけ、ここに来させていただき、書き込みまでさせていただきました。あれから、ゆっくりとまめさんのブログを読ませていただきました。せつに、まめさんとお話が出来たら、、、と、悔やまれて、、、

以前も書かせていただきましたが、私も、看護大学時代から始まった左手手関節の痛み。その後、手関節と肘部で絞扼性障害がおこり麻痺が出たので手術しました。その、肘の神経移行術の手術でカウザルギーになりました。ペインクリックでは、フルコースの治療をしました。脊髄刺激電極も入ってます。なので、もし仲良くしていただけたら、いろいろお話が出来たと思います。

この痛みとは別に、不明熱や原因不明の喀血で35回も輸血して生死の境をさまよったり、喘息になったり。ずっと元気で育ってきたので、親は「看護大学に行かせたのが悪かったのか?」と思っているようです。

前回の書き込みの時は調子が良かったのか?ポジティブな発言をいたしましたが、本当にこの痛みをいつまで頑張ればいいのか?生きている限りで、自分は幸せな人生だったと最期の時に言えるだろうか?自信がありません。

すみません。生きている事を感謝しなければいけないものを、、、

まめさんがおしゃっていたように、左手を切断して、、、と何度泣きついた事でしょう。

いつの日か、空の上で「あの、CRPSの痛みってどういう感じだったっけ?」とお話出来たら嬉しいな、という思いです。

長々と、私的なお話をしてしまって申し訳ありません。
なんとなく、鏡を見ている思いで、また来させていただきました。
今日は、自分の悲鳴で起きることなくいたい、、、と祈って失礼いたします。
Posted by う〜ちゃん at 2011年07月10日 04:24
まめちゃん

あたしのSCS また電池が無くなって…
なんかね その直前は刺激も変わった感じがして もう勘弁してよぉ〜って感じだった。1年もたないのは辛いよね。

またまた手術ってことですぅ
いろいろとDr.と考えている事もあり、9月は病院生活の予定です。

落ち着いたら 直接お墓に行きたいなぁって 考えているところなんだ。 いつ落ち着くのかは不明な点だけど…
  
今でも雨の日は なんで握手しかできなかったんだろう 花屋さんの前を通ったりすると考えます また会えると信じていたからなんだと思うけど(涙)

また 結果報告に来ますね
うまく行くと 青空の中から 見守っててくれると嬉しいなぁ
Posted by camomi at 2011年08月20日 01:44
こんにちは。
ついに行って来ました。島根に。
…というか今帰りの夜行列車の中から書き込みしてます。
2年前からこのブログを拝見し、まめさんのいる地域がどんな所なのか知りたくて。
本当はお墓とかお焼香とかしたかったのですが、赤の他人の私が伺うのもどうかと…。そもそも場所も知らないのですが。
のどかでよかったなー、島根。
宍道湖とか1日眺めていてもあきないなぁーって感じました。
まぁ、男で一人旅っていうのは寂しかったですが…。
少しだけ、まめさんに近づけた気がしてよかったです。
また来るね〜♪
Posted by クレセント at 2011年09月10日 21:36
今年、まめさんの命日の日、私のcrps裁判判決でした。膝の関節炎治療の注射が原因で発症しました。まめさんが「もう、いいよ、頑張ったね」と天国から慰めてくれてるような気がしました。右足に発症。今では左足に比べて足が見るからに細くなりました。先月レントゲンでは骨委縮が進行していました。
CRPS診断が出るまで15か所以上の病院を廻り辛い辛い毎日です。今はやっと1時間かけて整形の治療が受けれるようになりましたが・・
まめさん、私も、CRPS基金か財団が作れたら良いな・・って思っているんです。

裁判は辛いです。注射でCRPS発症は認定されましたが、過失(注意義務)は立証できませんでした。交通事故なら補償されてますが、医療過誤だと裁判???変なはなしですよね?   仕事も出来なくなり、疼痛のため抑うつ状態という診断書もでました。

医者からは有酸素運動=毎日少しでも杖で歩行すあるように言われてますが、先月の台風から、皮膚も異様な出来物と疼痛**痛い:痛い:痛い  薬飲むと昼間も夜もベッドから起き上がれないし、飲まないと痛いしの繰り返しです。リリカ カプセル デパス服用してるんですよ。まめさんも24歳で生涯とじられて、さぞ、無念だったと思います。私は発症してから4年ですが57歳になりました。一日一日を大事に生きて行こうとおもいます。まめさん**ありがとう
Posted by flower at 2011年10月07日 15:32
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック

【動画】八代みなせの股間に顔をくっつけたwww【匂いが・・】  ※youtube動画(゚ω^* )♪
Excerpt: ミスマリンちゃんに選ばれた、八代みなせ、佐倉真衣のセクシーハプニング動画です。
Weblog: ミスマリンちゃん ハプニング衝撃動画
Tracked: 2010-10-29 12:49
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。