看護師になることを夢見て、大学に入学した18歳の冬、
私は突然CRPS(RSD)を発病しました。
それは、ちょっとした手術が原因で起きた悲しい出来事でした。
それから、固定ジストニアという原因不明の難病、肺胞低換気、
多嚢胞性卵巣症候群を次々に発病。左手と両足の自由を失いました。
脊髄刺激装置(SCS)とバクロフェンポンプ(ITB)を体に埋め込む手術をして、
長い長い入院生活を送りました。でも、負けてなんかいません。
今は、世にも珍しい車椅子ナースとして病院で働いています。
毎日、命を見つめてたくさんのことを学んでいます。
そんな闘病生活の中、たくさんの言葉のカケラが頭をよぎったのです。
そんな言葉を集めてできたのが詩でした。そして詩集を自費出版したところ、
多くの方から共感をいただきました。
また、私が書いた詩が合唱曲になり、それが楽譜になり音楽之友社から
「混声合唱とピアノのための4つのポエム」として発売されました。

いろんな事に挑戦したい・・・そんなまめの日々の出来事を綴った日記。それがこのブログです。
どうぞ、来られた方はコメントを残してやってください。
たくさんの方とのお話が、私の励みとなって、病気と闘うガソリンになるからです。
以前より、個人に対する誹謗中傷のコメントが多く寄せられていました。 申し訳ありませんが、コメントは認証性にさせていただきます。 誹謗中傷コメントなどは表に出すことなく削除させていただきます。 ネチケットを守ってください。 よろしくお願いします。
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2008年11月20日

はじめての死

今日・・・

関わっていた患者さんの一人が、静かに旅立ちました。

まめは今日まる1日研修で、研修が終わってから患者さんのところへ行こうと思ってた。

研修のときに、なぜか説明してくれてる人が泣いていて、なんでだろうって思ってた。

そしたら、休み時間に科長さんから呼ばれて「Aさんが亡くなったから、今から顔を見に行くよ。」って言われて。

あまりにも突然すぎて、なんのことか飲み込めなくて。

霊安室に行くと、そこには患者さんが横たわっていて。

次から次と、最後の別れをしに人が入ってきてた。

私は患者さんの前にいって、ただなにも考えられなかった。

予後がよくないことは分かっていた。

いつかこんな日がくることも、分かってた。

でも、あまりにも早すぎて、とにかく・・・・。

なにも考えられなかった。

先週の金曜日に話して、「今日は疲れたから・・・」「じゃあまたきますね。」と会話したのが最後だった。

今週は夜勤とかがあって行けなくて。

なんで昨日、行かなかったんだろう。

後悔があたまをよぎった。

もっとお話したかったよ。

仕事を始めて、最初に経験した患者さんの死だった。

「もういつ死んでもいい。ただ、苦しくなければいいなぁ。」

生前、痛みと呼吸困難に苦しんでいたとき、患者さんがポツリポツリと話してくれた。

今頃は、あの辛い痛みからも、苦しみからも解き放たれているかな。

そうだったら・・・いいな。

お疲れ様でした。本当に、あなたからは多くのことを学びました。

また、宿題ももらったと思います。

あなたのこと、私は一生忘れずに医療人としていきていきたいです。

患者さんにさ、加湿器をかしていたんだけど、なんだかそれを持って帰る気になれなくてさ。

まだ職場におきっぱだ。

医療者として、患者さんの死にいちいち泣いてちゃいけないのかもしれないけれど

まめは、患者さんとさよならするときに泣いてしまいました。

死というものに、いつまでも慣れないでいたいです。

最後のお見送りの時、すごかったんだよ。

大勢の職員が廊下に並んで、患者さんを見送った。

みんなしんみりした顔しながら、涙もためてた。

それだけ患者さんの人柄がしのばれた。

結構とっつきにくかったけどさ、いい人だったな。

こんな若造にも付き合ってくれてさ。

これからの医療のために、患者さんは献体された。

Aさんらしいねってみんなでいってた。

あの雑然とした個室に、もう通うこともないんだって思うと、なんだか無性にさみしいよ。

生きるって・・・本当にすごいことなんだね。

Aさんからもらった宿題、まめはこれからずっと考えていこうと思います。

ありがとう、患者さん。

ゆっくりやすんでください。


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posted by まめ at 21:07| Comment(20) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
まめちゃん…お疲れ様でした…辛いよね。人はいつかは必ず最期が来る…だけどいつ…とはわからないよね。突然知っている人が逝ってしまう…なんとも言えない脱力感…不思議だよね。前の日までお話出来てたのに、次の日にはお話出来なくて、握った手も握り返してくれなくて…早すぎる死…突然の死…色んな死があって色んな別れがある。mi-も辛い別れはたくさん経験したよ。もちろん一番はお父さん…最後…病院に着いて『お父さん、おとうさん』って叫んでる時心電図の数値はみるみるドラマの様に下がって行く。伯母さんにね、『目を閉じてあげて』って言われた。けどね数値は下がって来ていてもお父さんまだ生きていて、意識はもうろうとしてるのに何かをいいたそうにしてるんだよ。そんな時に目なんか閉じられなかったよ…最後に目をパッと開けて『あり…』って…ありがとうって言いたかったんだと思う。それから心電図がぴーって…すぐに時間言われるんだね…座りこんだよ…さっきまで生きてた…息してた…前の日笑ってた…信じられないし信じたくない気持ちでドキドキしたよ。けどさお父さん…少し微笑んでたんだ。いい死に顔だった。人の死に慣れてはいけないよね。いけないとmi-思うな…その人にはその人の人生があり簡単に死と言う事をかたしてはいけないよね。その患者さんの死も、出された宿題も、これからのまめちゃんの課題になるんじゃないかな…患者はまめちゃんをきっと好きだったと思うな…だってまめちゃんはこんなに優しいもんね…しばらくは立ち直れないと思うから今度はmi-がまめちゃん元気になるまで待ってるからね(*^_^*)
Posted by mi- at 2008年11月20日 21:49
まめさん、こんばんは。
遅くなったけど、初夜勤お疲れさま〜。
2日間の徹夜で体調管理も大変だったと思うけど、やっぱり夢がかなって良かったね!

お仕事を始めて、最初に体験した患者さんの死、ホントに辛かっただろうね。
看護師さんは常に「死」と向き合わなければならないから、本当に大変な職業だと思うよ。
でも医療者にとって患者さんはAさん一人だけでなく、他に待ってる患者さんがたくさんいるよね。
だから「医療者として、患者さんの死にいちいち泣いてちゃいけないのかもしれないのけど…」
という考えも確かに一理あると思うんだ。
でも、やっぱり仕事だからって淡々と処理されるよりは、一緒に悲しんでもらえることで
家族は随分救われるんじゃないかなぁ。
まめさんもしばらくは立ち直れないだろうし、色々考えさせることはあると思う…。
でも早く立ち直って、他の患者さんに夢を与えられる看護師さんになってほしいなぁ。

実は今、私はまさに「家族の死」に直面しているんだ。
それもホントにいつ何があってもおかしくない!って言われている状況…。
だから、まめさんの「なんで、昨日行かなかったんだろう?」という言葉が、心につきささるよ…。
私も「もし明日何かあったら後悔するだろう」って思うから、少々無理してでも頻繁に
お見舞いに行こうと思ってるんだ〜。少しでも元気になってくれるのは嬉しいからね(^o^)
Posted by みのり at 2008年11月21日 02:49
pecoです。
まめちゃん、患者さんの突然の「死」に遭遇して、
本当に、辛かったね。。
いつまでも、「死」に対して慣れたくないよね!!
いち、医療者になってみないとわからないんだけど、
まめちゃんの、ブログに書いてあったけど、pecoは医療者じゃないから、
わからないんだけど「患者さんの死にいちいち泣いてちゃいけないのかもしれないけど」と言う、いちいちと言う言葉を使ってほしくなかったかな!
なんか、厳しい事言ってゴメンネ!でも、医療者って、そうなの??と言う見方に見えちゃったから。。

               peco


               
Posted by peco at 2008年11月21日 10:32
自分がかかわっていた人の死、つらいですよね。
入院中に他のお部屋の患者さんの死に接した事があります。私とは一面識もない患者さんだったけれど、ナースステーションでするモニター音がだんだんゆっくりになっていくんです。身近で人の死に接するのは初めてで。途中でいたたまれなくなって部屋に戻りましたが、部屋にいても雰囲気で分かるんですよね。次の日、部屋に顔を出してくれた師長さんに「昨夜はいたたまれなかった」と話したら、「そういう感覚って、大切だよね。私たちはつい忘れがちになるから。」といわれました。
他の患者さんへの影響もあるから、冷静でいることも大切だとは思います。でも、人の死に慣れないということも大切なんだと思います。
その患者さんも今はすべての苦痛から解放されて、ゆっくり休んでおられますよ。

「痛み=仕事のせい」私の場合はそういう面もあるので否定はしないけれど、そこで切られたら堪らないですよね。仕事をすることを否定されたら、私は私でいられないから。ほんの僅かな収入だけれど、自分の手で収入を得るということの持つ意味を、分かってもらいたいですね。
前の担当医のときにやはり、「仕事するととたんに調子悪くなるよね。仕事無理なんじゃないかな。」って言われて。そのときに先生に、私にとって仕事の持つ意味を話しました。そうしたら先生も分かってくれて、それ以来「無理はしないように」とは言われましたが、それ以上は言われなくなりました。まあ、「痛みがひどい」と言っても、「この時期は仕方ないよね」と流されることはありましたが、受け止めてもらえているということは分かっていたから、それで済んでいたのだと思います。今の担当の先生は「無理しないでね」と言いつつも、「どんな状態でも引き受けてあげるから、頑張っておいで」と言ってくれます。私の場合短期集中型だから、先生もそう言ってくれるのかもしれませんが・・・。やっぱり、理解してほしいですよね。
Posted by ぴえろ at 2008年11月21日 14:14
まめさん、お疲れさまでした。
辛い時には涙を流しましょう。死と向き合う事はとても大切だと思います。
でも、死に慣れてはいけないと思います。宿題は、一生の課題になりそうですね。
自分も、二十歳の時、親友で同級生で同僚で何時も一緒に居たヤツが、「また明日な」って言って別れたのに、翌日の朝一の電話で事故死を告げられました。本人を目の前にしても信じられなかったよ。そいつの分も生きようと思った。まめさん、強く優しくなっていこうよ。
Posted by ポコ at 2008年11月21日 17:19
こんばんは。
初めての経験だという事で、とても辛かったでしょうね。
母親が3年前に亡くなったのですが、その時依頼僕自身も「死」と言うものがとても身近に感じるようになりました。
もちろんそれまでも「人はいつか死ぬんだ」って事は分かっていたのですが、その時実感しました。
母が死んだのもとても悲しかったのですが、「自分もいつか死ぬんだなぁ」と考えてとても怖くなりました。

以前読んだ本に、「死ぬと言う事は生まれる前の常態に戻るだけです。生まれる前は別に怖くなかったでしょ?だから死も恐れる必要は無いのです。」と書いてありました。
確かにその通りですよね。

息子が退院する時に、看護師さんたちがとても寂しがってくれて、仕事が休みの看護師さんまでお別れを言いに来てくれました。
こういう事って、家族にとってとっても嬉しい事なんです。
たぶん亡くなった患者さんのご遺族も、まめさんが別れを惜しんで泣いてくれたのは、とっても嬉しかったと思いますよ。
僕も病気になったら、まめさんのような看護師さんに受け持ってもらいたいです。^^


Posted by KURORO at 2008年11月21日 18:18
ごくろうさまでした。まめさん、、辛いよね。私も入院ばかりしているから、
本当に、よくわかるよ。かなしいよね。人の死、、私もこの1月に末期癌の人と2週間、同じ4人部屋だった。本当にどう言う言葉をかけたらいいのか、、
わからなかったくらい、、、私のまるぼうの写真も、彼女には、役に立たなかった!!私なりに、彼女を生きる望みを少しでも、、と思ったけど、本当に難しかった。まめさん、、看護師さんの立場で大変だったと思う。でも、まめさんは、その両方をもっているから、人の心、すごくわかっていると思うから、
その患者さん、死を迎えて、安らかだったに、違いないよ。まめさんの交わした言葉で、、、!!
Posted by やす at 2008年11月21日 20:37
まめさん、お疲れ様でした。
辛いけど、人として生きている限り、必ず体験する悲しい体験でしたね。
ゆかっぺも、大好きだったおじいちゃん、おばあちゃんの死の場面を思い出しました。
悲しかった・・・涙が止まらなかった・・・人生にこんな辛いことがあるんだって思った・・・
これからもまめさんは沢山その場面に出会ってしまうかもしれないね。でも、泣いていいと思うよ。だって、私達は感情ある人間なんだから。
Posted by ゆかっぺ at 2008年11月21日 21:27
mi-さんへ
ありがとね。
その患者さんの死が、そう遠いものではないことは分かってたんだ。
でも、今すぐどうこうっていうことでもなかったから、あまりに突然で
びっくりして、言葉もなかった・・・。
先週まで話もできてたし、この土日には外出する計画まであったのに。
なんで、なんでこんなにはやく?って・・・。まだまだ亡くなるには若かった
患者さんだったからね。
もっとやりたいことがあるって言っててさ、ちょっとでも力になりたかった。
でも・・・なれなかった。悔しいよ。
死ってドラマの世界のように時に感じてしまうけれど、死って現実なんだよね。
誰もがやってくる、まめだっていつかは死ぬんだなって思った。
なんかでもね、最後の最後にいろんな人に会ったりできてよかったねって
科長さんたちは言ってたよ。家族にもお別れをきちんとされたんだろうね。
すごいなって思ったよ。
まだちょっと立ち直れないんだけどね。
この経験を無駄にしないように、きちんと考えていこうと思うよ。
Posted by まめ at 2008年11月21日 23:45
みのりさんへ
ありがとう♪
夜勤は無事に終わったよ。
なんとも無謀な計画だったけど、受け入れてくれた病棟にも感謝だよ。
またひとつ夢が叶ったんだ!来週は準夜勤がんばるね。

仕事を始めて半年・・・はじめて患者さんの死に直面しました。
正直、どうしていいか分からなかったよ。
ただなにも、なにも考えられなかった。患者さんの顔を見ても、
涙すら出てこなかったよ。でも病院を出られるとき、みんなでお見送りする
時になって、無性に泣けてきたんだ。
なんともいえない気持ちだったよ・・・。ホント、患者さんの死って、
なんともいえない・・・。
でも医療者である以上は仕方がないよって親には言われたよ。
たしかにそうかもしれないけどさ、仕方ないですませたくないって思ったよ。
一喜一憂していては、医療者失格なのかもしれないけれど、でも
私人間だもん。やっぱり感情が先に出ちゃうよ。

みのりさん、今まさに直面しているんだね。
そんなときにこんな話しちゃって、大丈夫だったかな??
後悔しないように、できることをしてあげてね。
Posted by まめ at 2008年11月21日 23:51
pecoさんへ
あのね、じつは「いちいち」という言葉はわざとにつけたんだよ。
最初、この表現はどうだろうと思ったのね。でもあえて使ったの。
病院って毎日のように人が亡くなるのね。
なんかそれが普通っていうか当たり前の感覚になるのが怖かったの。
人の死って、簡単なものじゃないじゃん。
その人の人生の幕が閉じるって、相当のことじゃん。
でも病院にいると「○○さんが亡くなった」とか「死亡退院は何名でした」
って毎日のように申し送りを聞くの。それが当たり前になってる自分がいて
だからあえて、強調したくて使ったんだよ。
不快な思いにさせちゃったらごめんなさい。
でもね、まめはそういう医療者にはなりたくないんだ。
一つ一つの死にきちんと向き合える医療者になりたい。
そう思ったよ。それに、患者さんとのかかわりの中でいろんな事を考えた。
だからこれからも、ずっと今の気持ちを忘れずにいたい。
もちろんすべての医療者が「いちいち泣いていない」わけではないからね。
そこのところだけ、誤解のないように・・・。
Posted by まめ at 2008年11月21日 23:59
お久しぶりです

初夜勤お疲れ様でした。

患者さんが亡くなる事はとてもつらいですよね。
私も今年1月に祖母を胆嚢癌で亡くし、そして、3年になった初めての実習で胃癌のターミナルの患者さんを受け持たせていただいたのですが、亡くなってしまいました。



どちらも、私が「今日は時間がなかったから明日やろう」としてしまい、そしてその日の夕方や夜に亡くなってしまいました。


やろうと思っていたけどやれなくて明日にしようとしていたことが、患者さんが亡くなり、後悔の念が襲ってきたのを覚えています。

受け持ち患者さんがいると思って朝申し送りを聞いた時、「○さんが夜中に急変して亡くなりました」ということは全く耳に入らず・・・

というか認めたくなかったです。

でも、申し送りをしている時私の受け持ち患者さんだけ申し送られない、部屋番号のところにあった名前を探すけどもうないという現実を突きつけられ、やっと○さんが亡くなったということが理解できたんです。
そしたら、自然と涙が出ちゃって・・・

拭っても拭っても止まらないんです。

○さんが亡くなってしまったその日と次の日まで何も頭が回りませんでした。(特に、当日)
亡くなった翌日にその人の看護過程の見直しをしていて、何も出来なかった自分が情けなくて、、、

というか、○さんに「また明日きますね^−^/ 本当は今日やろうと思っていたのですが、明日こそは○さんの好きな温泉を少しでも味わえるよう入浴剤を準備して足湯やりますね。」と言って、その日行なえばよかった事を明日にしてしまった自分が悔しくて悔しくて・・・



私は、もうすぐ実習が終わりますが、亡くなってしまった受け持ち患者さんの顔や名前ははっきりと覚えています。
そして、ふとした時に、○さんは天国で何しているかなぁ〜って思いたりします。

でも、自分が何もできなかったこと・実習時間が終わり時間がないからという理由だけで○さんに援助をするのを明日に延ばしてしまった自分を未だに許せないでいます。

祖母の場合も同じです。

母から「そろそろ危ないかもしれないから会いに行ってやって」って前日に言われていたけど、その時は実習中で記録を優先してしまい、祖母に会えず亡くなってしまってから祖母に会いました。


忘れられないです。
自分の過ちを・・・

でも、それをきっかけに
『今日できることは今日のうちに行なう!!』ということを心がけるようにしています。
(記録や勉強は別の話ですが・・・・w)



まめさん

もう少しでまめさんの後輩になりますが、私もまめさんのように『死』には慣れなくて泣ける看護師になりたいです。

同じ看護師として働けるように私も病気を克服して、いや、共存でもいいので『生きて』看護師になりたいです。




PS:ブログみれば分かると思いますが、今、かなり精神状態は悪いですけど・・・
Posted by プチ at 2008年11月22日 00:05
ぴえろさんへ
結構深く関わらせていただいていただけに、ショックでした。
分かってはいたんですよ。患者さん、もう長くないってこと。
分かってはいたけど、きっと患者さん自身もこんなに早くやってくるとは
思ってなかったと思います。「自分の命は25日までっていう夢を見た」って
言われたことがあったんだけど、それにも達しなかったもん・・・。
まだまだ若かった患者さんだったから、きっとやりたかったこともたくさん
あっただろうと考えると、なんともいえない気持ちになります。
そして、前の日に病室に行かなかったことを心から後悔しました。
医療に関わっていると、死とはホントとなり合わせのようなものです。
毎日誰かが亡くなるし、それがあたりまえのようになっているし・・・。
でも、だけど死には慣れたくないです。
「いたたまれない」という感覚、失ったら医療者としていけないと思いましたよ。
今のこの気持ち、いつまでも忘れずにいたいです。

「仕事=痛み」がすべてだったら、本当勘弁してよーですよ。
休みの日も変わらないと言ったら、「そういう体になれてるんだ」と言われました。
もうこりゃだめだなって、感じましたよ。何をいっても、のれんになんとやら
ですよ。
自分で稼ぐっていうことの大切さ、なにより働くという意味。
それはお金いじょうなものもあります。
生活費のためでもあるけど、やっぱり私は働くことで精神的にすくわれる
部分がおっきいですから。理解してほしいです・・・。
Posted by まめ at 2008年11月22日 00:08
ポコさんへ
悲しかったです。私は高校生のときにおばあちゃんを、大学生のときに
おじいちゃんを亡くしていますが、患者さんを亡くすってまた違った感情
がうまれました。うまく表現できないんですけど・・・。
後悔もあったし、まだまだしてあげたいこともあったし。
なにより、患者さんももっと生きてやりたいことがあったと思います。
だから、なんとも言えずやるせないです・・・。

死と向き合うって本当にキツイことですよね。
人間には感情があるから、やっぱり人の死は悲しいです。
悲しいときは泣く・・・正直に生きていいですよね。
これからもたくさんの死と向き合うことになると思うんです。
だけど、いつまでもなれずにいたいです。
Posted by まめ at 2008年11月22日 00:13
KUROROさんへ
ありがとうございます。
患者さんの死は、実はこれが2回目なのですが、初めては学生時代に
受け持ったお子さんでした。そのときも、すっごく悲しかったです。
でもきちんと看護師になって、職業人として関わった患者さんの死は
初めてでした。この感情をどうしていいのか分からなかったです。
ただ呆然とするばかりでした。でも、突然突き上げるように感情が
わいてきて、おもわず涙が出ました。
自分は患者さんに精一杯のことができただろうかと振り返ると、本当に
後悔ばかりです。
自分にとって「死」って、まだ自分のこととして実感できてないと思うんです。
怖いっていうか、なんていうんでしょうね。
分からないですけど、でも最後にお見送りできたことはよかったと思います。
最後にお別れができて、よかったです。
Posted by まめ at 2008年11月22日 00:18
やすさんへ
ありがとう、やすさん。
あまりに突然のことで、まだ心の準備ができてなかったよ。
まだ時間はあるって思ってたけれど、患者さんは知っていたんだよね。
「もう長くない・・・」ってつぶやいていた患者さんの気持ちを考えると
なんともいえないよ。自分の命が消える・・・そう悟ること・・・。
計り知れないよね。きっとその立場になってみないと本当にわからないこと
だと思ったよ。

これからたくさんの死と関わっていくと思うんだよね。
「緩和ケア」に興味があったけど、そんな簡単なものじゃないって患者さん
から宿題をもらったよ。
一度ね、「あんたのことが、夢に出てきたよ」って言ってくれたことがあったの。
まめが関わったことで、ちょっとでも患者さんの安らぎになっていれば
いいな・・・。そういう看護師になりたい。
Posted by まめ at 2008年11月22日 00:23
ゆかっぺさんへ
ありがとうございます、ゆかっぺさん。
人は必ず死ぬんですよね。改めて感じました。
いつかこんな日がくることも、分かってたはずなのに・・・。
いざそうなってみると、なんともいえないです。
悲しいし、悔しいし・・・。でも、あの苦しみから開放されてよかったとも
思います。すごく苦しんでおられたから、今頃はきっと楽になっていますよね。
生きている者のエゴかもしれませんが、そう信じたいです。
本当、これからたくさんの死と向き合わないといけないかもしれません。
その覚悟があるか・・・患者さんの死を乗り越えることができるか
まだ分からないけれど、患者さんから学んだこと、たくさんあったから
これからに生かしていきたいです。
そうだよね、私たちは感情のある人間なんだもの。
泣いたって、いいですよね。
Posted by まめ at 2008年11月22日 00:27
プチさんへ
患者さんの死は本当に悲しいですよね。
私も学生時代に受け持った小児の子どもさんが亡くなったという経験があるよ。
もう、半狂乱になるくらい泣きじゃくったよ。AちゃんAちゃん!!って。
患者さんの死には慣れたくないです。
そういう医療者にはなりたくないですよね。

私も自分の祖父母がなくなったとき、1年以上会ってない状態だったので
なんでもっと会っておかなかったんだろうってすごく後悔したよ。
人って、取り返しがつかなくなってはじめて気がつくんですよね。
私も何度後悔したことか・・・。
でも、またしても後悔でした。
前日に行っておけば、最後にお話できたかもしれなかったのにって考えると、
やっぱりすごく後悔です。

プチさんももうすぐ後輩になるのですね。
コッチの世界は厳しいけれど、嬉しいことや楽しいことも待っているからね。
えらそうなことは私は言えないけれど、今の気持ちを忘れない医療者に
お互いなりましょう。

プチさん、大丈夫かな?
気持ち的に辛そうで、心配しているよ。
Posted by まめ at 2008年11月22日 00:35
 まめさんこんばんは。
医療は当たり前なんですけれど「死」と常に向き合うという事を忘れてしまっているのが今の日本の医療です。 要するに「患者のいない」医療が日本医療のスタンダードなんです。
だから医療者には「感情」が無い人が多いのも感じます。 実際そう指導されるでしょうし。
でも、それでいいのしょうか? やはり「死」というものは悲しいものです。それに対して何の感情も抱かない、いや抱いてはいけない医療はおかしいです。 
でも、こうやってちゃんと「死」の悲しみを分かる事が出来るまめさんがいる事でまだ日本の医療も大丈夫かなって思えるんですよ。
Posted by ネオ・アッキー at 2008年11月22日 00:42
ネオ・アッキーさんへ
医療の現場にいると、どうしても「死」が日常化しちゃいます。
でも、死ぬことって日常じゃないんですよね。あたりまえのことにしては
いけないと強く思いましたよ。
なんか、さみしいじゃないですか。人が亡くなったのに、何の感情もわかない
だなんて・・・。そんな冷たい医療って、患者のための医療っていえるのかなって。
だから、私はそういう医療者にはなりたくないです。
悲しいときは悲しいといえるような看護師になりたいです。
これからもたくさんの死と向き合っていかなければならないと思うのですが、
ひとつひとつに真摯に向き合っていきたいです。
そういうことって、大切ですよね。
Posted by まめ at 2008年11月22日 00:46
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