看護師になることを夢見て、大学に入学した18歳の冬、
私は突然CRPS(RSD)を発病しました。
それは、ちょっとした手術が原因で起きた悲しい出来事でした。
それから、固定ジストニアという原因不明の難病、肺胞低換気、
多嚢胞性卵巣症候群を次々に発病。左手と両足の自由を失いました。
脊髄刺激装置(SCS)とバクロフェンポンプ(ITB)を体に埋め込む手術をして、
長い長い入院生活を送りました。でも、負けてなんかいません。
今は、世にも珍しい車椅子ナースとして病院で働いています。
毎日、命を見つめてたくさんのことを学んでいます。
そんな闘病生活の中、たくさんの言葉のカケラが頭をよぎったのです。
そんな言葉を集めてできたのが詩でした。そして詩集を自費出版したところ、
多くの方から共感をいただきました。
また、私が書いた詩が合唱曲になり、それが楽譜になり音楽之友社から
「混声合唱とピアノのための4つのポエム」として発売されました。

いろんな事に挑戦したい・・・そんなまめの日々の出来事を綴った日記。それがこのブログです。
どうぞ、来られた方はコメントを残してやってください。
たくさんの方とのお話が、私の励みとなって、病気と闘うガソリンになるからです。
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2009年01月22日

昨日は、マジ胃が痛くてさ。

お昼にりんごを食べる前、胃がちょームカムカ。

こりゃやべーっと思いつつ、りんごを食べたけど・・・

やっぱだめだったよ(笑)

この感覚・・・どっかで見覚えがある・・・!!

あー!大学3年生のとき、実習やってた時に胃炎で食べ物が食べられなくなったときだ!

胃が荒れてるのかなー。

デモ、絶対胃カメラはやらねぇぞ`3´!!

頑張れ免疫(笑)

で、結局リバースの嵐だったから帰りに点滴をしてもらいました。

先生に「これ以上続くようなら、ちゃんと相談してね。」っと言われたけど・・・ねー^^;;

結局言われることは同じだから、だったら半日さいて病院いくよりも仕事してたほうがいいや。

でも救急外来の看護師さんは「なんかあったら来ていいからね。」って言ってくれたんで、よかったー。

だって本来救急外来ってこういう使い方しちゃだめだもんね。

本当に急患の人じゃないと、使っちゃだめだもん。ごめんなさーい・・・っと思いつつ。

で、お家に帰ったのが22時くらい。

帰ったら、この前通販で買っておいた様々なグッズが届いてました。

ナースシューズとか、スティッチの印鑑とか、スケジュール帳にポンポン押せる勤務印とか、あとはーペンとかはさみを入れるケース!

これはスヌーピーがナース姿でかわいいんだよ。

ナースシューズは、クロックス風のをチョイスしました。

さっそく今日から使おう!!

今日はね健診で健康指導を勉強した後で、またメタボ健診のシステムの勉強。

そのあとで、プリセプターのななさんと一緒にロールプレイをするんだよ。

ロールプレイって何か分かるかな??

実際に患者様役をななさんにやってもらって、まめが健康指導をするって感じの、ま、一言で言えば演技?みたいな?

そんでもって、来週からは実際にまめがやるんだ〜。わ〜〜ぃ。ネバダ〜〜シャバダ〜〜〜♪

なんで私がここまで意地を張って、仕事を続けてるか不思議な人もおられるでしょう。

不思議というか、無謀というか、むちゃくちゃというか。

まぁ、じっとしてはおれない性分もあるんですけどね(笑)

まめがどうして看護師になりたかったのか・・・それを今日は書こうと思います。

みなさんは自分の将来をいつ決めましたか?

まめは、自分の将来の選択肢の中に「看護師」という仕事が入ってきたのは、中学3年のときでした。

もちろん、本当に決めたのは高校生のときだけどね。

医療に携わろうと思っていたのは、小学生くらいの頃からちょっと思ってました。

なぜかというと・・・

まめは本当ならここに存在してるはずの命じゃなかったんです。

生まれてすぐに、生まれつきの心臓病であることが分かりました。

心臓の心室の壁に穴があいていたり、心房の壁に穴があいていたり。

両親は、先生から言われたそうです。

「この子は1年もちませんよ。」っと・・・。

風邪を引いたらアウト、なにかトラブッたら、=死

である生活が続きました。

1歳をむかえたのは、奇跡でした。

2歳のとき、まめは心臓の手術をすることになります。

でも、こんな地方の病院ではできないと最初言われていたそうです。

だけどそのときたまたまアメリカから研修してこられた、いわるゆスーパードクターがおられて、まめは当時最先端の技術で治療してもらえることができました。

これだけの心臓病を抱えていて、これだけの心臓手術をしたのだから、絶対大きくなったら不整脈とかの障がいが出るといわれていました。

でも、先生の予想を見事に裏切りました。

すこぶる健やかに成長したまめ・・・。

もちろん小さかったから、記憶なんてほとんどないんだけどね。

でも小児科病棟で遊んだ記憶が少しあります。

入院中、同じ部屋には同じ年齢くらいのこども達が6人いたそうです。

同じ心臓病の子や、がんの子など重症の部屋だったそうです。

そしてその中の何人かは、亡くなっていったそうです。

本当なら1年も生きられるはずじゃなかったまめの命を、医学が救ってくれたんです。

だから、自分もそんな医学に携わりたい・・・そう思いました。

看護がいいなって思ったのは、患者さんにより近い存在になりたかったからです。

身近な存在になって、今病んでいて苦しんでいる人たちを支えたい・・・そう思ったから。

だから、私はこの仕事を生半可な気持ちでやっているわけではありません。

ようやくつかんだ、ようやくかなえた夢なんです。

だから無茶してでも続けたい。

キライな勉強も頑張ってこれたのは、生きられなかった友達の分も、自分が生きて役に立ちたいって思ったから。

本当は、もっともっとやりたい気持ちもあるんだけれど、体が言うことをきいてくれない。

ただそれだけが悔しいけれど・・・。

でも今この仕事を、やっぱり私は頑張りたいです。

みなさんの夢は、なんですか?




posted by まめ at 10:40| Comment(28) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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