看護師になることを夢見て、大学に入学した18歳の冬、
私は突然CRPS(RSD)を発病しました。
それは、ちょっとした手術が原因で起きた悲しい出来事でした。
それから、固定ジストニアという原因不明の難病、肺胞低換気、
多嚢胞性卵巣症候群を次々に発病。左手と両足の自由を失いました。
脊髄刺激装置(SCS)とバクロフェンポンプ(ITB)を体に埋め込む手術をして、
長い長い入院生活を送りました。でも、負けてなんかいません。
今は、世にも珍しい車椅子ナースとして病院で働いています。
毎日、命を見つめてたくさんのことを学んでいます。
そんな闘病生活の中、たくさんの言葉のカケラが頭をよぎったのです。
そんな言葉を集めてできたのが詩でした。そして詩集を自費出版したところ、
多くの方から共感をいただきました。
また、私が書いた詩が合唱曲になり、それが楽譜になり音楽之友社から
「混声合唱とピアノのための4つのポエム」として発売されました。

いろんな事に挑戦したい・・・そんなまめの日々の出来事を綴った日記。それがこのブログです。
どうぞ、来られた方はコメントを残してやってください。
たくさんの方とのお話が、私の励みとなって、病気と闘うガソリンになるからです。
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2008年11月20日

はじめての死

今日・・・

関わっていた患者さんの一人が、静かに旅立ちました。

まめは今日まる1日研修で、研修が終わってから患者さんのところへ行こうと思ってた。

研修のときに、なぜか説明してくれてる人が泣いていて、なんでだろうって思ってた。

そしたら、休み時間に科長さんから呼ばれて「Aさんが亡くなったから、今から顔を見に行くよ。」って言われて。

あまりにも突然すぎて、なんのことか飲み込めなくて。

霊安室に行くと、そこには患者さんが横たわっていて。

次から次と、最後の別れをしに人が入ってきてた。

私は患者さんの前にいって、ただなにも考えられなかった。

予後がよくないことは分かっていた。

いつかこんな日がくることも、分かってた。

でも、あまりにも早すぎて、とにかく・・・・。

なにも考えられなかった。

先週の金曜日に話して、「今日は疲れたから・・・」「じゃあまたきますね。」と会話したのが最後だった。

今週は夜勤とかがあって行けなくて。

なんで昨日、行かなかったんだろう。

後悔があたまをよぎった。

もっとお話したかったよ。

仕事を始めて、最初に経験した患者さんの死だった。

「もういつ死んでもいい。ただ、苦しくなければいいなぁ。」

生前、痛みと呼吸困難に苦しんでいたとき、患者さんがポツリポツリと話してくれた。

今頃は、あの辛い痛みからも、苦しみからも解き放たれているかな。

そうだったら・・・いいな。

お疲れ様でした。本当に、あなたからは多くのことを学びました。

また、宿題ももらったと思います。

あなたのこと、私は一生忘れずに医療人としていきていきたいです。

患者さんにさ、加湿器をかしていたんだけど、なんだかそれを持って帰る気になれなくてさ。

まだ職場におきっぱだ。

医療者として、患者さんの死にいちいち泣いてちゃいけないのかもしれないけれど

まめは、患者さんとさよならするときに泣いてしまいました。

死というものに、いつまでも慣れないでいたいです。

最後のお見送りの時、すごかったんだよ。

大勢の職員が廊下に並んで、患者さんを見送った。

みんなしんみりした顔しながら、涙もためてた。

それだけ患者さんの人柄がしのばれた。

結構とっつきにくかったけどさ、いい人だったな。

こんな若造にも付き合ってくれてさ。

これからの医療のために、患者さんは献体された。

Aさんらしいねってみんなでいってた。

あの雑然とした個室に、もう通うこともないんだって思うと、なんだか無性にさみしいよ。

生きるって・・・本当にすごいことなんだね。

Aさんからもらった宿題、まめはこれからずっと考えていこうと思います。

ありがとう、患者さん。

ゆっくりやすんでください。


posted by まめ at 21:07| Comment(20) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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