看護師になることを夢見て、大学に入学した18歳の冬、
私は突然CRPS(RSD)を発病しました。
それは、ちょっとした手術が原因で起きた悲しい出来事でした。
それから、固定ジストニアという原因不明の難病、肺胞低換気、
多嚢胞性卵巣症候群を次々に発病。左手と両足の自由を失いました。
脊髄刺激装置(SCS)とバクロフェンポンプ(ITB)を体に埋め込む手術をして、
長い長い入院生活を送りました。でも、負けてなんかいません。
今は、世にも珍しい車椅子ナースとして病院で働いています。
毎日、命を見つめてたくさんのことを学んでいます。
そんな闘病生活の中、たくさんの言葉のカケラが頭をよぎったのです。
そんな言葉を集めてできたのが詩でした。そして詩集を自費出版したところ、
多くの方から共感をいただきました。
また、私が書いた詩が合唱曲になり、それが楽譜になり音楽之友社から
「混声合唱とピアノのための4つのポエム」として発売されました。

いろんな事に挑戦したい・・・そんなまめの日々の出来事を綴った日記。それがこのブログです。
どうぞ、来られた方はコメントを残してやってください。
たくさんの方とのお話が、私の励みとなって、病気と闘うガソリンになるからです。
以前より、個人に対する誹謗中傷のコメントが多く寄せられていました。 申し訳ありませんが、コメントは認証性にさせていただきます。 誹謗中傷コメントなどは表に出すことなく削除させていただきます。 ネチケットを守ってください。 よろしくお願いします。
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2011年09月29日

三回忌

 イブとメイ.jpg
 まめが亡くなってから、今日で三回忌を迎え、あれから二年経ちました。

 まめが知らないこの一年わが国ではいろいろなことが起こりました。

 今年、正月から山陰では大雪になり、我が家は三日間孤立していました。夏は35℃以上という猛暑日で皆くたくた状態でした。9月も後半になりやっとここ2〜3日秋らしい季節になったというところですか。

 また、3月11日、東日本大震災および津波により、被災されました皆様には心よりお見舞い申し上げます。

 本当に今の日本は、異常事態です。平穏な世界がまたふたたび来ることを願っています。

 さて我が家には、二人の元気印のワン子がいます。

 まず、一人目はチワワの「イブキ」です。以前このブログでも登場していますが、まめが名づけ親で、非常に正義感が強く、この家の守り神でまめの「忘れ形見」です。
 もう一人は、キャバリアという犬種で「まめ」という名前です。この子は、まめの性格と同じような天真爛漫で、いつも元気に家の中を走り回っています。まめの「生まれ変わり」だと思っています。いつもメイちゃんと呼んでいます。

この二人のおかげで私たち家族も癒され、何とかがんばって生活をしているところです。

 まめが亡くなって二年、私たちの日課として毎週土日、祝祭日にはかかさずお墓をお参りしています。

 今まで、「まめ」という子を記憶の片隅に残しておいて下さった皆様方には本当にありがとうございました。この場にて御礼申し上げます。

         まめの父
posted by まめ at 02:01| Comment(24) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月29日

一周忌

 先日、私が所用で東京に行ったときのことです。夜、時間ができたので東京に在住している娘(長女)と池袋の居酒屋で久しぶりに飲んでいました。二人とも日本酒が好きで吟醸酒を注文したところボヘミアン風のペアグラスが出てきました。出てきた瞬間、二人は顔を見合わせ「あっ!」と叫んでしまいました。実はこのグラス、私が毎日まめの仏壇にお酒をお供えするグラスとまったく同じものだったのです。世の中、何千、何万種類のあるグラスの中から、今日この東京で、何故このグラス?
 ひょっとして、「私もここでお姉ちゃんやお父さんといっしょに飲みたーい!」というまめの気持ちが現れたのでしょうか。また、何かメッセージを伝えたかったのでしょうか。ただ単なる偶然なのか。不思議なひと時となりました。

 昨年の9月29日から一年が経ちました。つい数日前のことのように今も鮮明にあの日のことがよみがえってきます。無能な人たちによって8月に最悪の状態にさせられ、その後、43日間という時間はまめの意地や執念あるいは悔しさだったのでしょうか?
 私たち家族にとっては、苦渋に満ちた希望のない日々でした。
 せめて、最後にまめを気持ちよく送ってあげようと思い「4つのポエム」の初演のMD、大好きだった「エレクトーンの松田昌さん」のCDやFNSドキュメンタリー番組「もしも願いが叶うなら」のBGMで使用されたミスターチルドレンの「彩り」などの曲を毎日延々とICUの病室に流し続けて、最後は私たち家族がまめの手を握りながら静かに終焉を迎えました。

 まめがCRPSという病と闘った6年間、係わった医療者にドクターGやスーパードクターは一人として居ませんでした。特に、最初の手術によりCRPSを発病させる原因となった執刀医の大学教授は、この難病を治療しようと立向かうことは全くなく、ひたすら我が身の保身だけを考えることしかしなかったのです。真面目に医学を志す若い人たちにこの教授は、医療の何を教育しようと思っているのだろうか?医療者として人間として最低の生き物でした。いまでも、痛みで苦しんでいるまめと私たち家族を目の前にして、うす笑みを浮かべながら、ただ精神科へ送ることしかしようとせず、明らかに責任を逃れようとする高慢な態度、あの時の言葉のやり取りを思い出すと虚しさや悔しさより背筋がぞっとする思いです。おそらく、この人は、まめが亡くなったことを一番喜んでいる医療者の一人だと思います。本当に情けないことです!!
 まめは、CRPSを発病して亡くなるまで、最新の高度最先端医療と期待して受診した医療が最低最悪の医療となり、エゴやプライドしか持たない医療者たちによって翻弄され続けた6年間でした。CRPSという病気は、それが原因で死に至る病気ではないのに!!

 まめは、短期間でしたが看護師・保健師として一生懸命患者さんのために役に立とうとして、必死に痛みをこらえ笑顔で患者さんと接して病気の苦しみを少しでもやわらげようとようと頑張ってきました。
先日の新盆の時、勤務していた病院の上司の方々といっしょに、まめが当時担当していた「がんサロン」の患者の皆さんたちがおまいりに来て下さいました。皆さんからまめとの思い出話しをお聞きした時、苦しかったがんの治療の中でまめとの会話に大変癒されたと感謝のお言葉をいただきました。まめが以前から勉強していたピア・カウンセリングのまね事が少しだけ実践出来たのではないかと思い、本当に嬉しく思いました。

 いままで、私たち家族はまめに何をしてあげられたのだろうか。供養はできたのだろうか、成仏できたのだろうか。何もできないままのあっという間の一年が過ぎ去り一周忌を迎えました。

 この一年間、主のいなくなったこのブログに私たち家族への励ましや、まめとの思い出話などたくさんのコメントを投稿していただきました皆様方、誠にありがとうございました。

 また、4つのポエムをコンサートで演奏していただいた全国の合唱団の皆様方、本当に感謝申し上げます。

 こんなちっぽけなまめが、これほど多くの皆様方の心の中に思い出として残していただけたことは私たち家族として本当に嬉しく思っています。まめは、本当に幸せ者です。

 まめは私たち家族と共に今も同じ空間で生活していると信じています。いつも、いっしょに食事をしたりお酒を飲んだりと以前のようにみんなで「わいわい」言いながらそばに居てくれてると思っています。

 本当に、本当にありがとうございました。心より感謝申し上げますとともに、皆様方の今後のご健康とお幸せをお祈り致します。

ありがとうございました。

               まめの父
posted by まめ at 07:20| Comment(25) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月16日

新盆(初盆)

 昨年、まめの容体が急変したにもかかわらず、危機意識の乏しい医療者たちによって放置され最悪の状態にされたあの夏がふたたびやって来ました。

 私たち家族にとって、昨年の夏のあの日、あの時間、あの瞬間からすべての時間が止まったまま、いまでもこの現実を受け入れることが出来きていません。
   
 無念、失望、怨念・・・・。

 果たしてまめは本当に成仏できたのだろうか・・・・?

 今年の夏は、新盆(初盆)です。
8月13日には、午前中いつものようにお墓にお参りし、夕方には玄関先であさがらを焚き、迎え火でまめの帰りを待ちました。すると、キュウリの早馬にさっそうとまたがったまめの姿がありました。そういえば、まめが電動車椅子を高速でたくみに運転していた頃を思い出しました。久しぶりに我が家に帰ってきたので、部屋をたくさんの花々とホウズキで飾り提灯に明かりを灯して、まめが大好きだったビールや海老のオーロラ、ウナギなど家族といっしょに食事をし、のんびりとしたお盆をすごしました。わんこたちも大喜び。
 8月16日の夕方には、送り火を焚き、ナスの牛に乗りゆっくりとした足取りで向こうの世界に戻っていきました。

 来年のお盆には、まめがまた喜んで家族のもとに帰ってくれるよう、まめが本当に成仏できるよう毎日お祈りしていきたいと思います。

               まめの父
posted by まめ at 20:28| Comment(15) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月01日

納骨

お墓作成web.jpg
 先日、やっと納骨を行い、まめの遺骨をお墓に納めました。まめが亡くなってからなかなかこの現実を受け入れることが出来ず、遺骨を家族が毎日生活する居間で安置していましたが、このたび、市内にある閑静なメモリアルパークに新しいお墓を建立し納骨式と開眼供養を行い安置しました。

 納骨式当日、4月下旬にしては肌寒く朝から雨模様、お昼ごろには嵐のような大雨になり大変な一日になりそうだと思っていましたが、予定していた午後二時頃には、突然、雨が上がりまめの大好きな青空と白い雲という好天になって無事納骨式を終えることができました。もしかしたら、これは「まめパワー」だったのかもしれません。

 お墓を写真ではなくイラストで紹介します。私がデザインし、少しこだわった現代的なお墓を造りました。全体を桜御影というピンク色の墓石で構成し、インド産の赤い石材でツートンカラーにしました。墓石中央の石碑には、まめが作詞した4つのポエムから「そら」の全文を、まめが作品展の時に書いた書体をそのまま彫っています。右側に墓誌、左側に記念碑を建てました。この記念碑には、まめが生きていた証である4つのポエムを永遠に記録するため「そら」「おひさま」「道」「ありがとう」の題名と初演の日付を彫りました。そして花立てには「ありがとう」の最初の音符を刻んでいます。また、一番手前にある灯籠には音符の形でくりぬいた窓にロウソクの明かりが燈されるようにしています。

 きっとまめもこのお墓は気に入ってくれることと思います。これから、まめが生まれてから24年間生きてくれたことに感謝するとともに、大空に旅立ったまめの幸せを祈って、毎日このお墓にお参りしようと思います。

                  まめの父
posted by まめ at 13:47| Comment(20) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月30日

誕生日

 今日はまめの誕生日です。1985年(昭和60年) 3月30日早朝、2800gの元気な女の子が生まれました。しかし、心臓に雑音が認められたため1ヶ月後の検診で先天性中隔欠損症と診断されました。3歳になる前に、その当時の最先端医療の手術によって見事に治すことが出来ました。その後、何のトラブルもなくすくすくと成長し、たくさんの友達に恵まれ大学生になるまで幸せいっぱいに暮らしていました。

 18歳、大学1年生の時、ちょっとしたことから左手の小指と薬指にしびれが発症し、これを治療する手術によってCRPS、ジストニアという病気が発症しました。6年間苦しんだ末、24才の若さで亡くなってしまいました。

 生まれたとき医療によって命を助けられ、自分も医療によって人の役に立ちたいと思い看護師・保健師になりましたが、最後はその医療によって生命を絶たれてしまいました。これほど医療に翻弄された人生はないでしょう。

 全国のブログ友の皆様には、いつもまめにあたたかい言葉をかけていただき本当にありがとうございました。

 今日は、大好きだったケーキに25本のロウソクを灯し仏壇にお供えしようと思います。

                 まめの父
posted by まめ at 00:07| Comment(27) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする